UNICEF(ユニセフ)

UNICEF(ユニセフ)親善大使になった有名人は?どんな活動を行った?

UNICEF(ユニセフ)は様々な広報活動を行っていますが、芸能や文化、スポーツなどで活躍している人がユニセフの活動を紹介するとその高い知名度と影響力で大きな効果が期待できます。
そのためユニセフ本部の推奨や承認のもとにそれぞれの現地事務所や国内委員会でも各国大使、地域大使を任命しています。

今回は親善大使となった有名人を紹介するとともにその活動を見ていきます。

※本記事内のすべての人名において敬称略

UNICEF(ユニセフ)とは?寄付や募金の方法、支援内容について紹介

ユニセフとともに
子どもたちの明るい未来をつくろう!

『ユニセフ』は、世界各地で重度の栄養不良の子どもの治療に取り組み、年間数百万人の幼い命を救っています。

ひと袋約30円の栄養治療食が幼い命を救います。

1日30円からできる「マンスリーサポート・プログラム」に参加して、ユニセフの活動を支援しませんか。

UNICEF(ユニセフ)の親善大使には様々な芸能人・著名人が就任

初めてユニセフ親善大使に任命されたのは、世界的に有名なコメディアンであったダニー・ケイでした。
そこから女優のオードリー・ヘプバーンなど、抜群の知名度を誇る有名人がユニセフ支援の輪に加わることでユニセフの活動を広く知ってもらい、新たに支援の輪に加わってくれる人が増えてくるのです。

多くの著名人がユニセフを応援し協力を図る

親善大使に選ばれた人が、いろいろな仕事をするということは有名な話ですが、その他にも様々なイベントに参加している著名人はいます。
こういった人たちは親善大使ではありませんが、ユニセフの活動を支援しているということには変わりません。

イベントに協力した有名人

イベント日イベント名参加した有名人
2012年12月ハンド・イン・ハンド政井マヤ
2006年2月子どもとエイズ世界キャンペーン琴欧州・ダニエルカーン
2009年10月世界手洗いの日森山開次
2012年10月世界手洗いの日ルー大柴

  

ユニセフハウスを訪問した有名人

ユニセフハウスは東京都港区に、ユニセフの支援者への情報発信の場、子どもたちの学習施設として2001年7月にオープンしました。
1階と2階部分はユニセフの関連する品物や写真、パネルなどが展示されているだけでなく緊急支援の現場を再現した展示やミニシアター、130名を収容できるホールなどが備えられています。
累計来館者は30万人を超えており、多くの有名人も訪問しています。

訪問日訪れた著名人
2009年8月綾瀬はるか
2011年12月イ・ビョンホン
2012年10月槇原敬之
2013年5月ボカ・ジュニアーズ・ユースチーム

ユニセフ日本協会の親善大使となった有名人

ここでは日本ユニセフ協会の親善大使となった有名人について紹介していきます。

アグネス・チャン

1955年に香港で生まれたアグネス・チャンは1972年に「ひなげしの花」で歌手としてデビュー。その後、上智大学国際学部を経てカナダにあるトロント大学で社会児童心理学を学びました。
1984年に国際青年記念平和論文で特別賞を受賞。翌年の1985年にはエチオピア難民キャンプ訪問を転機としてボランティア活動や文化活動に参加しています。
そして1989年に米国スタンフォード大学教育学部に留学し、1994年教育学博士号(Ph.D)を取得しました。

代表著書

・『みんな地球に生きるひと/Part1・Part2・Part3・Part4』(岩波ジュニア新書)
・『ブータン 幸せの国の子どもたち』(東京書籍)
・『差別のない世界をつくる』(旬報社)
・『小さな命からの伝言』(新日本出版社)2004.12
・『ねことねずみ ともだちになれるかな』(翻訳/講談社)
・『みんな未来に生きるひと』(旬報社)
・『いじめない いじめられない いじめさせない』(労働旬報社)
・『ママ博士にならなくてもいいよ』(朝日新聞社)

ユニセフ活動内容

1998年、日本ユニセフ協会大使に就任以降、毎年世界各地のユニセフ現場を訪れており、就任してから18ヶ国以上の国を訪問。
2005年、ペスタロッチー教育賞を受賞。
2016年には長い日本ユニセフ協会大使としての活動がユニセフ本部に認められて「ユニセフ・アジア親善大使(地域大使)」に就任
日本だけでなくアジア地域を中心に世界の子どもたちの権利向上のためのアドボカシー活動に関わる活動を行っています。
2011年の東日本大震災の際にも個人として1,000万円の募金を行うなど毎年多額の寄付をしていることでも有名です。

日野原重明

1937年、京都帝大医学部を卒業し、1941年以降聖路加国際病院の内科医から内科医長、院長、名誉院長、理事長などを歴任しました。また、聖路加看護大学の名誉学長のほか、医学会の会長職や顧問職なども務めていました。
1992年に聖路加国際病院に新病棟を建設する際、大災害などの大量被災者発生時に対応することを想定して、広大なロビーや礼拝堂を備えたものにしました。これは、東京大空襲時に満足のいく医療を施せなかった苦い経験から得た発想でしたが、周囲からは無駄であると非難されました。

しかし、1995年の地下鉄サリン事件発生時には、この非難された設備がいかんなく発揮されます。緊急応急処置場として広大なロビーや礼拝堂が使われ、当日の外来受信を休診として無制限に被害者の受け入れ、被害者の治療の拠点となりました。
このことにより、被害者の治療が迅速に行われ、犠牲者を最小限に食い止めることになりました。

1993年、勲二等瑞宝章を受賞。
2005年、文化勲章受章を受賞。
医師としての活動だけでなく、講演活動や執筆活により、いのちの大切さなどを子どもたちに訴える活動をしており、2017年に105歳で亡くなるまで活動を続けました。

代表著書

・『十歳のきみへ―九十五歳のわたしから』(冨山房インターナショナル)
・『いのちのおはなし』(講談社)
・『働く。―社会で羽ばたくあなたへ』(冨山房インターナショナル)
・『生きてるだけで100点満点 99歳のぼくから君たちへ』(ダイヤモンド社)
・『いのちを育む―百歳の私から人生を楽しむための「道しるべ」』(中央法規出版)
・『いのちの使いかた』(小学館)
・『だいすきなおばあちゃん』(朝日新聞出版)
・『十代のきみたちへ-ぜひ読んでほしい魔法の本』(冨山房インターナショナル)
・『明日をつくる十歳のきみへ~103歳のわたしから』(冨山房インターナショナル)

ユニセフ活動内容

2007年4月に日本ユニセフ協会大使に就任。
それからは講演や執筆活動を通じて世界で苦しい環境下で生活している子どもたちの実状を伝えて、支援を呼びかける活動を行っていました。

長谷部誠

2001年に高校卒業と同時にJリーグのサッカーチーム「浦和レッズ」に入団し、2006年2月アメリカ遠征の際に日本代表として初選出されました。
2010FIFAワールドカップの日本代表チームに選出され、キャプテンとしてベスト16入りに貢献
その後も引き続き日本代表のキャプテンとして、ワールドカップ出場に貢献する一方、2014年にドイツのブンデスリーガ1部のチーム「アイントラハト・フランクフルト」に移籍し、2018-19シーズンの前半戦のリーグベストイレブンとベストCBに選出されるなど現在も活躍中です。

ユニセフ活動内容

2007年、ユニセフ・マンスリー・サポーターに登録。
2016年、日本ユニセフ協会大使に就任。
日本ユニセフ協会の公共CMに出演をしたり、公式ホームページを通して寄付・募金を呼びかけたりといった活動をするだけでなく、東日本大震災の際には被災地の子どもたちへの支援を行いました。
また、エチオピアの予防接種事業やギリシャの難民キャンプを実際に訪問して、その現状を発信するというような行動的な活動を行っています。

UNICEF(ユニセフ)の国際大使となった有名人

中にはその活動が認められて国際大使として認定されている人たちもいます。
日本人では「黒柳徹子」が代表人物と言えるでしょう。

黒柳徹子

有名なバイオリニストの家庭に生まれ、東京音楽大学にてオペラを専攻したのち、東京の劇団文学座とニューヨークのMary Tarcaisスタジオで演劇を学び、女優として活躍しました。
女優以外にも幅広く活躍し、こと司会者として1976年から始まった「徹子の部屋」は、同一司会者によるトーク番組の最多放送世界記録保持者として、記録更新中です。

また、エッセイストとしても人気が高く、1981年に発表された自伝「窓際のトットちゃん」は累計800万部を超えるベストセラーとなりました。
2003年に瑞宝中綬章を受賞し、2015年には文化功労者に選定されました。

ユニセフ活動内容

1984年にユニセフ親善大使に就任。
これはアジア地域では初めてのことで、黒柳徹子の人々や環境への取り組みが評価されてのことです。
ユニセフ親善大使として世界各国を訪問し、その現状を広く発信するとともに

  • 『トットちゃんが出会った子どもたち』(1996年)
  • 『トットちゃんとトットちゃんたち』(2001年)
  • 『トットちゃんと地球っ子たち』(2012年)
    といった著書ではユニセフ親善大使として世界中を視察した様子を紹介しています。

    オーランド・ブルーム

    世界的に人気を博した映画『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ族のレゴラス役で人気を得て、シリーズ3部作すべてに出演。
    その後、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』と人気映画に出演するも、舞台演劇に集中したいと舞台に専念します。
    しかし、再び『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの『ホビット』や『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』など数多くの映画に出演し、世界中で人気のあるイギリスの俳優です。

    ユニセフ活動内容

    環境保護やエコロジー、子どもの人権などに強い関心を持って活動をしていました。
    環境主義団体である「グローバル・グリーン・アメリカ」のメンバーでもあります。
    ユニセフ親善大使としてはネパール、ニジェールなど多くの国を訪れ、その地域の子どもたちと触れ合っています。
    また、2009年2月に起きたオーストラリアの大規模な火災の際にはチャリティー「オーストラリアの団結」に参加して多くの義捐金を集めました。
    この2009年10月にユニセフ親善大使に就任しています。

    デイビッド・ベッカム

    1975年にイギリスのロンドンで生まれたベッカムは幼少時からサッカーの才能を開花されていました。
    FIFA最優秀選手賞では2位に2度選出され、その高い技術と魅力的なルックスで絶大な人気を獲得。2004年には最も収入を多く得たサッカー選手となり2013年に引退するまで活躍を続けました。

    ユニセフ活動内容

    2005年1月にユニセフ親善大使に就任しました。
    自身が設立した「7(セブン):デイビッド・ベッカム・ユニセフ基金」がサポートしているHIVと共に生きる子どもたちの支援現場もたびたび訪問しています。
    特に南部、東部アフリカの諸国がその中心となっています。

    マズーン・メレハン

    教育の権利を訴えるマズーン・メレハンは自身もシリア難民としての経験があります。
    その際に真っ先に奪われるのが子どもたちの生きる権利、教育を受ける権利であると感じたこともあって精力的に活動を行うこととなりました。

    ユニセフ活動内容

    2017年にユニセフ親善大使に就任したマズーンはチャドの国内避難民キャンプを訪れて子どもたちと会話をし、必要なものは何なのかということを発信しています。
    「子どもたちに投資することは未来への投資」と世界に呼びかけています。

    影響力の高い有名人によりUNICEF(ユニセフ)への共感や支援者が増える

    ユニセフには個人の思い、発信も重要ですが、そういった発信を影響力が高い有名人が行うことでさらなる効果が望めます。共感する人、支援する人が増えればそれらの人たちがさらに発信をしていきます。
    そういった意味で知名度が高い人、有名人がユニセフ親善大使として活動することには大きな意味があるのです。

    ユニセフとともに
    子どもたちの明るい未来をつくろう!

    『ユニセフ』は、世界各地で重度の栄養不良の子どもの治療に取り組み、年間数百万人の幼い命を救っています。

    ひと袋約30円の栄養治療食が幼い命を救います。

    1日30円からできる「マンスリーサポート・プログラム」に参加して、ユニセフの活動を支援しませんか。

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    この記事を書いた人
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