あなたの手もとに財布があれば中をのぞいてみてください。キャッシュカード、クレジットカード、交通系のICカード、コンビニの会員カードなど、生活する上で欠かせないいろんなカードが入っているのではないでしょうか。
これらを作るときに提示を求められるのが運転免許証などの「法的な身分証明書」です。
日本にいると法的な身分証明書を持っていることは当たり前に思うかもしれませんが、世界には「当たり前」ではない国があり、それゆえに「法的に存在しない子どもたち」が日本の人口よりも多くいるのです。
この記事では、SDGsで示された「法的な身分証明書」と、それを得るために必要な「出生登録」の現状について解説します。
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SDGsとは?
SDGs(Sustainable Development Goals)とは「持続可能な開発目標」のことです。SDGsは2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に示された国際的な目標です。
このアジェンダでは世界中の「誰一人取り残さない」持続可能で包摂性のある世界を実現するために、SDGsとして17の目標(ゴール)を設定し、目標達成に向けて2030年までに各国が協調して行動することを求めています。
SDGs目標16「平和と公正をすべての人に」とは?
SDGsの目標16が本記事のテーマである「法的な身分証明」に関するものです。目標16で目指すことは「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」とされています。
この目標は12のターゲットから構成されています。ターゲットとは目標をブレイクダウンした関連分野における「個別の目指す状況」であり、個々のターゲットを達成することで上段の目標が達成される構造になっています。
そして、目標16の9番目のターゲット(16.9)が「身分証明」に関するもので、具体的には「2030年までに、すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する。」とされています。
(出典:外務省「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」)
(出典:総務省「SDGsの指標」)
SDGs目標16に出てくる「法的な身分証明」とは
では「法的な身分証明」とはどのようなものを指すのでしょうか。ユニセフ(国連児童基金)によると次のように定義されています。
Legal identity is operationally defined as the basic characteristics that comprise an individual’s identity, including name sex and date of birth.
(法的な身分証明とは、名前、性別、生年月日といった個人を特定する情報から成る基本的特質として運用上定義される。)
法的な身分証明は国によって異なるため、具体的にどういったものかということは示されていません。大事な部分は「個人を特定する情報」が国などにより「法的」に「証明」されているということです。
一般的に、国・地方公共団体などから提供される公共性の強いサービスほど法的な身分証明が求められます。したがって、法的な身分証明がないとそういったサービスを受けられないケースが出てくると言えます。
法的な身分証明の種類
法的な身分証明について日本のケースを考えてみましょう。
一般的に日本における法的な身分証明書とは、官公署が発行した次のような写真付きの証明書等を指します。
法的な身分証明書の例
など
このような証明書は一般に「本人確認書類」とも言われ、私たちが生活するために必要不可欠なものです。例えば、スマートフォンを契約するとき、銀行口座やクレジットカードを作るとき、郵便物(特定事項伝達型)を受け取るとき、引っ越し・就職・転職するときなど、本人確認書類が求められるケースは意外と多いものです。
法的な身分証明書を作成するには、日本では戸籍が必要です。戸籍は、その人が日本人であることを証明する唯一のものです。いわば「究極の法的な身分証明書」と言えるかもしれません。そして戸籍を作るためには、子どもが生まれた日から14日以内(国外で出生したときは3ヵ月以内)に出生届を出さなければなりません。
出生届を出さないとその子どもは無戸籍となります。原則として、無戸籍では住民票が作られません。住民票がないということは国・地方公共団体行政が管轄の個人を特定できないため、その個人は各種公的サービスを受けることが困難になります。また、戸籍がないと法的な身分証明書が作られないため、様々な民間のサービスも受けられなくなることがあります。
公共・民間のサービスはいくつかありますが、例えば、警察、消防、町役場などがあります。そのうち、法的な身分証明書なしで享受可能なものはどれくらいあるでしょうか。法的な身分証明書の必要性、すなわち出生届の重要性がわかっていただけるかと思います。
(出典:公益財団法人日本ユニセフ協会「Birth Registration for Every Child by 2030: Are we on track?」 )
(出典:総務省「行政手続等における本人確認に関する調査 結果に基づく通知」)
(出典:法務省「無戸籍でお困りの方へ」)
法的に存在しない子どもたち
日本では子どもが生まれると出生登録することが当たり前に行われています。では、世界の現状はどうなっているでしょうか。
「法的に存在しない」子どもたちの現状とその理由について解説します。
5歳未満の子どもたちの4分の1が法的に存在しない
2019年12月に発表された更新されたユニセフの世界の出生登録に関する新たな報告書によると、世界(調査対象は174カ国)では5歳未満の子どもの4人に1人に当たる1億6,600万人が出生登録されていません。
出生登録されていない子どもたち(未登録児)の多くはアジアおよびアフリカにおり、未登録児の87%が南アジアおよびサハラ砂漠以南のアフリカに住んでいます。
最も出生登録率が低いのはアフリカのエチオピア連邦民主共和国で、実に3%しかありません。また、エチオピアほどではないものの、ザンビア共和国やチャド共和国も出生登録率が低く、それぞれ11%および12%です。
ユニセフ事務局長のヘンリエッタ・フォアは出生登録について次のように述べています。
「出生登録されていない子どもは見えない存在です。政府の政策や法律においては存在しないことになるのです。身元の証明ができないと、その子どもは教育、保健、その他の不可欠なサービスから除外されることが多く、搾取や虐待を受けやすくなります」
なお、出生登録されても法的な身分証明書である出生証明書を持たない子どももいます。5歳未満の子どものうち、出生証明書を所持していない子どもは世界で2億3,700万人、つまり約3人に1人が出生登録を証明する公式な書類を持っていないのです。
なぜ出生登録されないのか?
1989年の国連総会において採択された「児童の権利に関する条約」(出典6)では、第7条に「児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有する」とあります。
しかし実際には、先に記したとおり、出生登録されていない子どもが数多く存在します。それはなぜでしょうか。
出生登録されない理由には主に次のようなものがあります。
出生登録されない理由
また、「出生登録に関するICN(※1)とICM(※2)の見解」では、「出生登録の障壁」として次のものが挙げられています。
出生登録の障壁
すべての子どもが出生登録され、法的な身分証明書を手にするためには、上記の「理由」や「障壁」を解消すべく行動していくことが必要です。
※1 ICNは国際看護師協会(International Council of Nurses)の略称
※2 ICMは国際助産師連盟(International Confederation of Midwives)の略称
(出典:UNICEF DATA「Birth registration」)
(出典:公益財団法人日本ユニセフ協会「出生登録 法的に存在しない子ども、1億6,600万人 5歳未満の4人に1人に相当」)
(出典:外務省「児童の権利に関する条約」 )
(出典:公益社団法人日本看護協会「出生登録に関するICNとICMの見解」)
SDGs目標16にある「法的な身分証明を提供する」ためには出生登録が必須
法的な身分証明書がないと生きていく上で必要な各種のサービスを受けることができません。そして、法的な身分証明書を発行するためには、まず出生登録がされなければならないのです。
出生登録が当たり前となっている日本では、出生登録されていない状況を想像することは容易ではありません。でも、考えてみてください。あなたが現代のエチオピアに生まれていたとしたら、出生登録された3%の子どもに入っていたでしょうか、それとも登録されていない97%に入っていたでしょうか。
SDGs目標16にある「法的な身分証明を提供する」ためには、出生登録が必要です。世界中のすべての子どもたちが、出生登録される日が1日も早く実現されるためにも、まずは世界の現実を知ることから始めてみてください。
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