アフリカ(紛争)

アフリカで現在も起きている紛争は?原因と現状についても解説

アフリカの情勢は不安定で貧しさで苦しむ国や地域が多くあるのが現状です。

その原因の1つに紛争があり、かつては多くの国で紛争が起こっていました。

現在はそうした紛争も数を減らしてはいるものの、続いていたり、終結したあとも影響が出続けている紛争もあります。

この記事ではアフリカで現在も起きている紛争やその原因と現状などを解説します。

アフリカで起きている紛争の地域は?原因や現状、必要な支援について解説

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アフリカで現在起きている紛争とは

アフリカはかつてヨーロッパの植民地として支配され、独立はできたものの不安定な情勢から内戦や紛争が勃発し、世界の紛争多発地域と見られてきました。

近年は徐々に終息を見せ、紛争の数こそ少なくなりましたが、中央アフリカやコンゴ、南スーダンなど紛争を行っている地域やさらに激化している地域もあり、多くの被害が出てしまっているのが現状です。

2005年時点では、南北スーダンで死者約50万人、難民や避難民だけで約400万人にのぼり、同じスーダン国内のダルフールでは、2006年時点で死者約20万人、難民や避難民は約200万人と1つの国の中でも多大な被害を出しているのです。

アフリカで起こる紛争で難民となっている人の数だけでも約900万人にものぼります。
これは世界の難民の約4分の1を占めており、その被害の大きさが伺えます。

  • アフリカはかつての植民地化の影響もあり、内戦や紛争が多発している地域である
  • 紛争は近年では終息してきたが、中央アフリカ、コンゴ、南スーダンなど紛争が激化している地域もある
  • 紛争の被害は1つの国の中でも多大な被害を出している

(出典: 外務省「わかる!国際情勢 スーダン~多様性に満ちた国」)
(出典:ワールド・ビジョン・ジャパン「アフリカの子どもたちとワールド・ビジョンの活動」)

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中央アフリカ内戦の原因と現在の状況は?

中央アフリカは北東にスーダン、東に南スーダン、南にコンゴ民主共和国と内戦や紛争が長期化、あるいは激化した国に囲まれており、中央アフリカも「世界でもっとも貧しい国」と形容されています

これも内戦による被害であり、2017年時点で全人口の4分の1が避難を強いられている状況なのです。

(出典:国連UNHCR協会 「中央アフリカ共和国 世界で最も貧しい国の難民危機」)

中央アフリカ内戦の原因は?

中央アフリカ内戦の原因は2013年に起こったボジゼ政権打倒のための侵攻とされています。

2012年12月に野党と反政府武装勢力5団体が連合して結成したセレカという団体が、首都バンギを陥落させ、ボジゼを国外逃亡に追い込んだことで達成し、セレカのリーダーであるジョトディアが大統領に就任することで新政権を樹立しました。

しかし、国際社会からはこの新政権が承認されず孤立してしまいます。また国民はセレカの民兵から武力による抑圧を受けており、暴力が耐えない状態でした。

さらにイスラム系団体とキリスト教系の国民との対立が激化、宗教対立にまで発展することとなりました。

このような情勢を受け、欧州やアフリカ連合からの圧力によりジョトディア政権は崩壊し、新たな移行国民評議会により新たな大統領が選出されるなど、国内の安定化を図ろうとしました。

しかし近隣諸国の政変に影響されやすく、政情は安定しませんでした。

そして2017年5月武装グループ間での新たな紛争により、特に北西部での戦闘が激化して多くの被害が出る結果となってしまったのです。

中央アフリカ内戦の現在の状況とは

戦闘の激化がごく最近であることから、この紛争状態は今でも継続されています。2017年時点で、難民だけで約51万人、国内避難民だけで約60万人にもなります。

さらに人道支援が必要な人は、2017年時点で約250万人と推定され、国民の2人に1人がこの状態に陥ってしまっているのです。

今も難民や食糧難に陥る人の数は増加しており、マラリアや下痢、感染症などにさらされている人があとを絶たない状況です。

  • 中央アフリカはスーダンやコンゴなどの紛争が長期化、激化した国に囲まれ「世界で最も貧しい国」と言われてる
  • 中央アフリカの内戦の原因は、ボジゼ政権打倒のための侵攻とされている
  • 中央アフリカの紛争は現在でも続いており、多くの人が人道的支援を求めている

(出典:国連UNHCR協会 「中央アフリカからの難民が記録的多さに 支援金は最小」2017)
(出典: 外務省「中央アフリカの基礎データ」2019)

コンゴ戦争の原因と現在の状況は?

コンゴ民主共和国も、度重なる戦争や紛争で経済が破綻してしまった世界最貧国の一角です。

中央アフリカの南に位置し、各種鉱物資源に恵まれた国ではありましたが、1990年に起こった内戦が全てを狂わせてしまったのです。
日本ではあまり報道されませんが、その悲惨たるコンゴ戦争の原因と現状を紹介します。

コンゴ戦争の原因は?

コンゴ民主共和国は1997年までザイール共和国という名前の国でした。しかし現在まで続く紛争の影響により、国の名を変えることになりました。

そのきっかけとなったのが、1990年から1993年に起こった隣国であるルワンダの内紛です。

また1994年に起きたルワンダ大虐殺も長期化の要因とされています。
ルワンダの内紛は、ルワンダ国内の2大民族であるフツ族とツチ族の民族間の溝が深まることによって起こったものと言われています。

この内紛はフツ族が起こしたルワンダ大虐殺を受け、ツチ族の軍であるルワンダ解放戦線が首都を制圧することで終結しました。

しかし新政府樹立後、政府やツチ族からの報復を恐れたフツ族がコンゴ民主共和国東部に流入、中にはフツ族の武装グループも含まれていました。

この頃ザイール共和国時代の政治は腐敗しきっており、武装グループへの対策を行わず首謀者を匿い、支援していたとも言われています。

これを受け、ルワンダは軍事介入を行い、戦争へと発展してしまいました。これが第1次コンゴ戦争です。

戦争は1996年から1997年まで続き、コンゴ民主共和国側の敗北で決着しました。この時コンゴ民主共和国へ国名が変わっています。

しかし翌1998年には再びルワンダや周辺国が侵攻したことにより、第2次コンゴ戦争が勃発しました。2003年には表面上は終結したものの、武装勢力同士の衝突は現在も続いており、周辺国の複雑な関与により現在も紛争状態が続いています。

コンゴ戦争の現在の状況とは

現在も紛争状態が続き、実に20年以上も凄惨な状態が続くことで190万人以上が家を追われ、国内では450万人以上が避難しています。

また国外へ逃亡した人も63万人となっており、被害は拡大していく一方です。これは戦闘だけでなく、民間人への無差別的な拷問や虐殺、性的暴行などもあり、逃れるために多くの被害者が生まれてしまっているのです。

  • コンゴ民主共和国は豊富な鉱物資源に恵まれていた
  • コンゴ戦争は周辺国の関与もあって、現在でも続いている
  • 紛争状態が20年以上も続いていることもあり、国外へ多くの人々が避難している

(出典:独立行政法人国際協力機構JICA 「コンゴ民主共和国 ジェンダー情報整備調査報告書」,2017)
(出典:外務省 「コンゴ民主共和国 基礎データ」2019)

南スーダン内戦の原因と現在の状況は?

南スーダン共和国は、イギリスから独立したスーダンからさらに独立することで設立した国です。2011年に起こった南部独立の住民投票を皮切りに、南スーダン共和国が独立しました。

しかし国造りをするための内政が不安定であり、やがて内戦へと発展する事態となり、現在でも緊迫した状態が続いています。

南スーダン内戦の原因は?

南スーダンは独立後新体制を作り上げようとしましたが、与党であるスーダン民解放運動内で派閥抗争が起こり、激化してしまいます。

2013年には首都ジュバにて、大統領警備隊同士の衝突が起こりますが、治安はすぐ回復しました。
しかしこれを皮切りに各地での衝突が相次ぎ、多くの難民を出すことになりました。

2016年には関係当事者による合意文書署名が行われ、国民統一暫定政府が樹立されたことによって一度は落ち着きを見せたものの、同年に再び主流派と反主流派が衝突して各地で暴動が起こり、さらに多くの難民が発生しています。

南スーダン内戦の現在の状況とは

この内戦も2018年6月には恒久的停戦を含むハルツーム宣言を採択することでとりあえずの終結を見せています

しかし各地の暴動は後を絶たず、暫定政府体制の準備も未だ完了していない状態で、2019年5月には暫定準備期間を6ヶ月延長する状態にまで陥っています。

これにより国内避難民は約190万人、国外へ逃れた難民は約150万人にものぼり、510万人が食糧支援を含む人道支援が必要な状態となってしまっています。

それだけではなく、民家への略奪や放火、子どもへの略取、性的暴行などが今も起こっており悲惨な環境となっています。

  • 南スーダンはイギリスから独立したスーダンがさらに独立してできた国
  • 南スーダンは与党の派閥争いの激化により、内戦状態になった
  • 内戦の激化及び新政府の体制が整っていなかったこともあり、多くの難民を生み出した

(出典:ワールド・ビジョン 「南スーダン共和国」)
(出典: 外務省「南スーダン 基礎データ」2019)

ブルンジ紛争の原因と現在の状況は?


ブルンジ共和国はルワンダやコンゴ民主共和国、タンザニアに隣接している国です。

1962年に独立しているものの、1993年には内戦にまで発展する衝突が起こった国でもあります。
その原因と現在の状況をご紹介します。

ブルンジ紛争の原因は?

ブルンジ紛争の原因の一端は、2大民族の衝突とされています。ブルンジにもフツ族とツチ族が住んでおり、その対立が煽られ1962年の独立以降に度々衝突が起こり、計25万人もの人が虐殺されました。

やがて1993年にはこの衝突が紛争にまで発展し、30万人もの命が奪われる結果となったのです。

ブルンジ紛争の現在の状況とは

ブルンジ紛争は民族間の権力分有と和解が進む形で終息に向かっています。しかし紛争の影響もあり貧富の差が激しく、国民の多くが最低ライン以下の生活を強いられている状況です。

また2015年時点において、1000人中82人の子どもが5歳まで生きるのが難しい状況下にあり、厳しい弾圧と暴力、食糧難、マラリアと命を脅かされる状態が続き、42万人以上が今も国外へ逃亡しています

  • ブルンジ紛争の原因の一端は、2大民族の衝突である
  • 紛争の影響により、国民間の貧富の差が激しく生活水準が低くなっている
  • ブルンジでは、1000人中82人の子どもが5歳まで生きるの難しい状況である

(出展:テラ・ルネッサンス 「ブルンジ事業」)

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リビア内戦の原因と現在の状況は?

リビアはアフリカでも北に位置し、エジプトやスーダン、チュニジアなどに隣接する国です。

1951年にリビア連合王国となってから現在まで実に7回も国名を変えた国ですが、これには2度の内戦と不安定な国内情勢によるものと言われています。

リビア内戦の原因は?

リビア内戦の原因は2011年のカダフィ政権の崩壊にまで遡ります。1969年に起こったクーデター以降、42年間に渡るカダフィ大佐の独裁政権が崩壊しました。

このときリビアの政治社会的要求を掲げた反政府デモが、武装闘争にまで発展したのが2011年リビア内戦(第一次リビア内戦)です。

一度は終結し、新たな国へと生まれ変わろうとしていましたが、2014年に国民暫定評議会から制憲議会へと権限譲渡されるはずが行われず、並立する事態が起こりました。

これにより紛争へと発展、さらにIS系武装集団やカダフィ派残党が入り乱れての泥沼の戦闘にまでなってしまったのです。

これが2014年リビア内戦(第ニ次リビア内戦)と呼ばれています。

リビア内戦の現在の状況とは

現在のリビアではこの内戦の影響が続き、情勢は不安定で国内でも緊迫した状態が続いています。

さらにアフリカ中央や南から出た難民はリビアを経由してヨーロッパに渡る人も多く、リビアに逃れてきたことで、搾取や暴力の対象、あるいは誘拐されることもあり命の危険にさらされています。

国際社会の支援を受け、政治対話は進展していますが、安定化の兆しは未だえてこない状況です。

  • リビアは現在まで7回も国名が変わっている
  • リビア内戦の原因は、42年間に渡ったカダフィ政権の崩壊が一因である
  • 現在のリビアでは内戦の影響により、情勢は不安定で緊迫した状態である

(出展:外務省 「リビア基礎データ」2019)

マリ北部紛争の原因と現在の状況は?

マリ共和国は西アフリカに位置し、アルジェリアやコートジボワール、ギニア、セネガルに囲まれています。

1960年にフランスからセネガルと共に独立し、同年9月にマリ共和国として国名を改めました。

一度はクーデターによる軍事政権が成立しましたが、1991年に起こったクーデターにより打倒されました。しかし21年後、これが紛争への原因の一因となります。

マリ北部紛争の原因は?

1991年に樹立された暫定政権での立役者トゥーレが2002年大統領に選出され、政権を握り10年ほど政治を行った頃、中央政府からの独立を求める武装蜂起をトゥアレグ族が起こしたことにより、マリ北部戦争へと発展することとなりました。

さらに一部国軍兵士らによるバマコでの騒乱により、トゥーレ大統領は辞任、代わりにトラオレ国民議会議長が暫定大統領に就任することとなりました。

しかし翌2013年にはイスラム過激派武装組織などが北部地域に入り込んでしまいます。
これを受け、マリ暫定政権がフランスに軍展開を要請し、介入、制圧をしたことにより大規模な紛争にまで発展したと言われます。

マリ北部紛争の現在の状況とは

マリ北部紛争は2015年に行われた和平合意により終結したとされています。
しかし国内情勢は不安定で、今も厳しい生活を余儀なくされている人がたくさんいます。

また、性的暴力が横行し多くの被害者が出ていますが、裁判所や警察に行くこともなく精神的な苦痛を抱えて生きている女性があとを絶たない状態です。

  • マリ共和国は、西アフリカに位置し1960年にゼネガルと共に独立した
  • 中央政府からの独立を求めるトゥアレグ族の武装蜂起が引き金となった
  • マリ北部紛争は、2015年の和平合意により終結はしたが依然として厳しい生活が続いている

(出展:外務省 「マリ共和国 基礎データ」2019)
(出典: 公益財団法人 日本ユニセフ協会「紛争で暴力を受けた女性を保護するプログラムを実施」)

アフリカの紛争の現状を知ったうえで私たちにもできること


アフリカで起こる様々な紛争により難民となった人々は、食糧難に陥るのはもちろんのこと、不衛生な環境での生活により命を落とす場合もあります。

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