2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)。
貧困や飢餓、教育など世界的に解決するべき問題を17のゴールと169のターゲットとして掲げ、2016年から2030年までに達成することを目指しています。
2019年11月に出版された『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』の著者である落合陽一氏に、日本におけるSDGsの在り方やこれからの私たちに必要なことなどを語ってもらいました。
落合陽一プロフィール:
メディアアーティスト。1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学准教授・デジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表
2015年World Technology Award、2016年PrixArs Electronica、EUよりSTARTS Prizeを受賞。Laval Virtual Awardを2017年まで4年連続5回受賞、2019年SXSW Creative Experience ARROW Awards 受賞、2017年スイス・ザンガレンシンポジウムよりLeaders of Tomorrow選出。個展として「Image and Matter(マレーシア・2016)」、「質量への憧憬(東京・2019)」、「情念との反芻(ライカ銀座・2019)」など多数開催。近著として「デジタルネイチャー(PLANETS)」、「日本進化論(SBクリエイティブ)」、写真集「質量への憧憬(amana)」。専門は計算機ホログラム、デジタルファブリケーション、HCIおよび計算機技術を用いた応用領域(VR、視聴触覚ディスプレイ、自動運転や身体制御)の探求。
『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』を出版
-今回、『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』を出版するにあたり、SDGsに着目した理由を教えて下さい。
日本でもSDGsが話題となるにつれて、新聞で目にする機会や、胸にSDGsバッジを付けている企業の人が増えてきていますよね。でもその割にはあまり本質的な議論が行われていないように思います。バッジを付けている人も意外とSDGsについて知らない現状があるので、そこに違和感を感じていました。
-SDGsと新しい経済を掛け合わせた理由はなんですか?
投資家の方がSDGsのバッジをつけていることも多いですが、それに対しても半分ぐらい矛盾していると思っています。
投資家の方の例でいえば、PRI(責任投資原則)※1に基づいてESG投資※2を行うことの方が重要だと思います。そのため、社内でのちょっとした取り組みについてSDGsに言及するよりも、SDGsに対する取り組みをしている機関に投資されているかどうかの方が重要かもしれません。にも関わらず、SDGsの達成について話されているのに、ESG投資に対する説明が行われないのは順序が逆なのではないかという疑問もあります。
※1 PRI(責任投資原則):投資にESG(環境・社会・ガバナンス)の視点を組み入れることなどからなる機関投資家の投資原則。原則に賛同する投資期間は署名し、遵守状況を開示・報告する必要がある。
※2 ESG投資:従来の財務情報だけでなく環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと。企業経営のサステナビリティ(持続可能性)を評価するという概念が普及し、SDGsと合わせて注目されている。
(出典:経済産業省「ESG投資」)
―なるほど。
そもそもESG投資は、ソーシャルグッドに近い会社に投資を入れることを率先する枠組みであったはずです。しかし、資本主義的なものとSDGs的考えが遠いなどと言われることもあり、そういった矛盾も不思議に思います。
そもそもSDGsの背景にはESG投資の流れがあります。そのため、資本主義を投資の原則でうまく助成すればSDGsの目的に沿えると思っていました。ですが、やはりそれはゴールとして明確に設定しないと、意外と難しかったということかもしれないですね。
例えば、MDGsで上手くいかなかった点などは先進国と開発途上国の共有可能で明確な目標設定がうまくいかなかったからなのではないかと言われています。
新しい経済といっても現状の資本主義の上に乗るESG投資のような話なのか、もしくはシェアリングエコノミーのような話なのかは重要です。そしてその下にSDGsの枠組みが繋がっています。その上で未来の展望ということで、あと10年後のことを考えようという本にしました。
様々なデータに基づいた地図を多数掲載
―2030年の世界地図帳ということもあり、特にマップが象徴的だったと思います。いろんなデータを集めている中で、新たな気づきなどありましたか?
思っていたよりMDGs以来のサブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠より南の地域)の問題が大きいなと思いました。あとは中国の一帯一路(2014年に習近平総書記が提唱した経済圏構想)の電力網の計画や、バーチャルウォーター※3の動きなどは意外と面白いですね。
※3 バーチャルウォーター:食料を輸入している国(消費国)において、もしその輸入食料を生産するとしたらどの程度の水が必要かを推定したもの。
―文中にはかなりの出典が記載されていましたが、データを集めるのは苦労しましたか?
当初は出版が8月の予定でしたが、実際の発売は11月になりました。地図はできていたのですが、本文中の記述を全ての参考文献に合わせるのに苦労しました。特に1章については出典が100ぐらいあり、そのファクトチェックに時間がかかりましたね。
貧困や格差の解決を図るデジタル・イデオロギー
―世界の4つのデジタル・イデオロギーの地図があり、日本もヨーロピアン・デジタル(ブランド力によるエンパワーメント)を目指せると思うのですが、可能性はあると思いますか?
ヨーロッパ的な人権意識や環境投資などを大上段には据えつつも、一つひとつが小さくブランド活動を行うようなやり方ですね。しかし日本の方がヨーロッパよりもGDPは高いので、アメリカン・デジタル(オープンソースなどをうまく活用したイノベーティブな帝国主義)のようなやり方もおそらくできるではないかと思っています。
―そこはヨーロピアンとアメリカンが交わるという感じでしょうか。
そうです。だから両者のいいとこ取りも可能かもしれません。
―ジャパニーズデジタルができる可能性もあると思いますか?
できる可能性もあると思います。我々はまだデジタル0.0ですから。日本は中国と比べると、まだデジタル度が低いと思いますね。
―アフリカの送金サービスについても書かれていましたね。
エムペサ※4ですね。他にもアフリカでブロックチェーンやデジタルエコノミーが一気に発展する可能性が大いにあるのではないでしょうか。
例えばリブラ(フェイスブックが発行を予定している仮想通貨)をローンチしたら、アフリカでも相当ユーザー数が増えると思います。潜在ユーザーが何十億人もいるからです。そう考えると、サードウェーブ・デジタル(アフリカやインドを中心に一足飛びに生まれる新種のイノベーション)の流れも今後注目できると言えますね。
※4 M-PESA(エムペサ):携帯電話のショートメッセージで送金できるケニアのサービス
教育・貧困問題
―本を通して、SDGsの課題をテクノロジーで解決できるものが多いと思いました。そういう意図もあったのでしょうか。
世の中の問題は本質的には、ほとんどテクノロジーで解決できると思っています。ただその解決策が最適解というわけでは常にはないかもしれません。
―日本の教育格差の話も本で出ていたのですが、eラーニングのようなネット教育は、実際に浸透できるのでしょうか。
現時点では、貧困層の母子家庭にスタンフォードのオープン講義※5などは浸透していないでしょう。それは大きな問題です。安い価格、もしくは無料で提供されていたり、貧困層でも問題なく利用できたりするシステムなのに、必要とする人ほど利用できることを知らないという現状はありますね。
※5 MOOC(大規模公開オンライン講座)では誰でも無償で大学の高校教育を受けられるサービス。CourseraやedXなどのプラットフォームを通じ、アメリカの有名大学や東京大学などの講義も見られる。
―なぜ必要としている人に情報が届かないのでしょうか。
そういう情報の感度が高い友達に接続するコストが一番高いからです。
―環境がそうさせているということですか?
そうです。情報の感度が高いグループにいる人ほど安くて質の高いeラーニングを利用しているのではないでしょうか。世の中の人のほとんどはグループに属するコストにお金を払っています。
例えばアメリカだったら、スラムに住むのと高級住宅街に暮らすのとでは、かかるお金が全然違います。日本ではあまりそういったゾーニングはされていませんが、どのコミュニティにいるかでまるで考え方が異なったりすることも珍しくありません。
―出口がないように思えますね。
そこをなんとかしないといけないなと思っています。結局属しているコミュニティは会社だったり年収別だったり生まれた(育った)地域別になってしまうことが多いと思います。
ネットだけだとフィルターバブルの分断も大きいので、やはり未だテレビなどのマスメディアが架け橋となるのではないでしょうか。そこは絶望せず発信を続けるのは重要なことだと思います。
サスティナブルと集団の意思決定で環境問題にアクションを
―落合さんは、日本でのSDGsの認識のされ方についてどういう印象を持っていますか?
私はSDGsが世の中の問題をすべて解決するとは思っていません。しかし、「サスティナブル(Sustainable)」という言葉の理解が広まれば面白いなと思います。
―「持続可能」ですね。
そうです。例えば「エシカル消費」とかエシカル※6なファッションはサスティナブルですよね。リユースやリサイクル・古着もサスティナブルと考えられます。ではクラシックカーに乗るのは、どちらでしょう。廃棄はしていないけど二酸化炭素も排出しているから、環境負荷を考えるとトントンかな、とか。
※6 エシカル:「エシカル (ethical)」は英語で「倫理的、道徳上」などの意味を持つ。人や社会、環境に配慮した消費行動のことを「倫理的消費(エシカル消費)」と呼び、フェアトレード商品やエコ商品、リサイクル製品、被災地産品などを積極的に購入することを指す。(出典:環境省「平成30年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」)
―確かにそうですね。
そのようなことをバーチャルウォーターのように考えると、エコロジカル・フットプリント※7で考えられると思います。
例えば、最新のディープラーニングのアルゴリズムをトレーニングする際の電力消費の二酸化炭素排出量の換算が、車一生分の5倍の二酸化炭素の排出量に匹敵するといった指摘もあります。(出典:MIT Technology Reviw)
そのように考えてみると、世の中においてエネルギーを使っているものが分かるし、面白いですよ。
※7 エコロジカル・フットプリント:人間生活がどれほど自然環境に依存しているかわかりやすく伝える指標で、人間が地球環境に及ぼす影響の大きさとみることもできる。人間1人が持続可能な生活を送るために必要な、生産可能な土地面積(水産資源の利用を含めて計算する場合は陸水面積となる)として表わされる。
―身近なものに置き換えてみるとわかりやすいですね。さらに、みんながSDGsを自分ごと化するために、どんなことが必要だと思いますか?
私もそれを考えていました。先程例に出した二酸化炭素では、個人で認識しようと思っても難しいと思いますが、集団の意思決定は有効かなと思います。
―集団の意思決定ですか。
個人で考えると二酸化炭素の排出量なんてほとんどわからないと思います。そこで効いてくるのが、集団の意思決定です。
例えば10人でも100人でも、その人たちが意思決定するときにどちらを選ぶかという話です。
二酸化炭素の排出量が多い方と少ない方を選ぶときは、みんなで少ない方を選ぼうという方法です。一人ひとりが二酸化炭素の排出量をどうするかということではなく、100人の会社を経営しているときに、経営陣が二酸化炭素を出さない方にしようと決めたら、会社のみんなもそちらを選ぶといったものですね。
―みんなで考えられるということですね。
集団の意思決定はみんなで決めるというのが多分原則でしょうね。
―バーチャルウォーターの問題はどうでしょうか。
バーチャルウォーターも重要な問題ですね。穀物需要に関して一個人の努力ではあまり変わらないですから。
―その場合の集団の意思決定も、企業のようなところから始めていくのでしょうか?
例えばマスメディアで打ち出すと、影響力は依然高いと思います。数百万、数千万人が見ているので、意思決定をする際にどちらがよいかと考えて、環境によい方を選ぶようになるとよいのではないでしょうか。あらかじめ視聴者の側に持っておくべき価値基準としてSDGsは機能すると思います。
さらに、プラスチックごみを減らそうと思ったときに、「これはプラスチック素材である必要があるかどうか」というところまで考えられるようになれば、よりよくなると思います。
―それは個人レベルでの意識ですね。
素材に対してもっと愛を持っていれば、価値が出やすいと思いますね。
―素材に着目して考えてみるのも面白いですね。
そうです。食べ物や飲み物を1週間摂っていると、クレジットカード1枚分のマイクロプラスチックを体内に取り込んでいるという話もありますからね。(出典:AFPBB NEWS)
あとは雨粒の一つひとつにマイクロプラスチックがすごく含まれているみたいな話などもあります。もちろん地域差もあると思いますが。
―そう考えると怖いですね。
ただ、そこで一人ひとりがプラスチックごみを減らしたからといって、急にプラスチックごみの量が減るわけではありません。ですが、無意識的に使っているプラスチックを少なくしようと心がけることは価値があることだと思います。
SDGsと私たちの10年後とは
―私たちはSDGsのゴールをどのように捉えて暮らしていくべきなのでしょうか。
率直にいうと、たったの10年では何も変わらないと思います。
しかし、次世代のスマホのようなものが出ているといった時代感はあるでしょうね。この10年間では震災があったり元号が変わったり、日本の企業も大きく変わっていますね。日本製のスマホを使っている人は減っているし、通販ではAmazonと日本企業でも大きく差が出ているし、アリババとテンセントがこんなに大きくなるとは思っていなかったはずです。
―結構大きな変化はありますね。
次の10年もきっと変化は起こります。
予測もされていますが、インドの人口は増加し、中国も経済成長を続けていきます。世界の構造が変わっていくのは間違いないでしょう。
でも、その中でもこのくらいの変化はあるだろうと分かった上で、もっと日本の産業が付加価値を創造する方に舵を切ると面白いと思います。日本はこれをやってもしょうがない、ということをあらかじめ理解していると、10年間の過ごし方も変わるのではないでしょうか。
ひとまず、僕が普段話す大学の学生さんや社会人の方などにこのくらいは知っておいて欲しいなぁと思う内容をいつも以上に丁寧に書いたと思っているので、ぜひ手にとってもらいたいなぁと思います。
―貴重なお話をありがとうございました!
取材:三矢晃平/文:gooddo編集部/撮影:菊池貴裕