「帰る家も、食べるものもない」──夜の街をさまよった18歳が見つけた居場所

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「家に帰ると、いつも殴られるんです。何も悪くないのに、ただ父の気分次第で…」
そう語るのは、家庭に安心できる場所を持てず、夜の街をさまよっていたユウトさん(仮名・18歳)。
 

家にも、友達の家にも、もう行き場がなかった。持っていたのはわずか3,000円だけ。
空腹に耐えながら、誰にも相談できない日々を送っていたユウトさんが、偶然見つけた場所とは――

父の暴力と、母の沈黙

ユウトさんが物心ついた頃から、父の暴力は日常でした。直接的に何かをしたからではなく、父の気分次第で殴られる。自分の思い通りにならないと、すぐに手を上げる人でした。
 

小学校1年生の頃には、すでに父の暴力を受けていました。最初は「怒られたんだ」と思う程度でしたが、次第に「自分が悪いから殴られるんだ」と思い込むようになっていきました。
 

父の怒りのスイッチは予測不能でした。学校から帰ってきてランドセルを置く音が「ガシャン!」と少し大きかっただけで怒鳴られ、平手打ちを受ける。

テレビの音が少し大きいだけで、「うるさい!」とリモコンが投げつけられる。ユウトさんは、父の機嫌を損ねないようにと、常に怯えながら生活していました。

その場に母がいても、何も言いませんでした。ただ黙って食器を片付けたり、視線をそらしたりするだけ。ユウトさんが父に殴られている間も、母はただその場に立ち尽くしていました。
 

母が何も言わなかったのは、彼女自身もまた父の暴力の被害者だったからでした。父の機嫌を損ねると、母も殴られる。だから、ユウトさんが暴力を受けていても、母は何も言えなかったのです。
 

しかし、父の暴力が当たり前の環境で育ったユウトさんにとって、誰かに相談するという発想すら浮かばなかったのです。

学校だけが、唯一の逃げ場だった

ユウトさんにとって学校だけが唯一の逃げ場でした。

友達と校庭でサッカーをしたり、放課後に遊んだりする時間が、彼にとっての救いでした。中学ではバスケットボール部に入り、練習に打ち込んだり、友達とも仲良く過ごしていました。
 

高校に進学してからは、父からの暴力は次第に減っていきました。
体格が大きくなったユウトさんに手を上げることは少なくなり、その代わりに「役立たず」「情けない」といった罵声が日常的に飛んでくるようになりました。

それでも、家に帰れば父の顔色を伺う生活に変わりはなく、ユウトさんはできるだけ家にいる時間を減らそうと、友達との遊びや部活動を理由に帰宅を遅らせるようになっていました。

けれど、外で時間を潰すには限界がありました。友達の家に泊まることもありましたが、何日も居られるわけではありません。

たまに帰っては父の怒鳴り声を浴び、またしばらく家を空ける。そんな生活が続いていました。
 

ある日の夜、ユウトさんが遅く帰宅すると、玄関には父が立っていました。
「何時だと思ってるんだ!」
久しぶりに荒れた声を聞いた瞬間、ユウトさんの体は固まりました。反射的に「ごめんなさい」と口にしたものの、その言葉は父の怒りを鎮めるどころか、逆に火に油を注ぐことになってしまいました。
 

次の瞬間、拳が頬に飛んできました。突然のことに体が耐えられず、その場に倒れ込むユウトさん。
「もう無理だ。この家にはいられない」
そう直感したユウトさんは、両親が寝静まった深夜、最低限の荷物をリュックに詰めて、家を飛び出しました。

所持金は3,000円。頼れる先がなくなった夜

家を出たあと、初めは友達の家を転々としました。理由は詳しく話さずに「家出した」とだけ伝えると、泊めてくれる友達もいました。しかし、友達も実家暮らし。そう長くは居られません。

数日ごとに家へ戻ることもありましたが、そのたびに父の怒鳴り声や暴言が待っていました。
 

母はユウトさんを心配しているような様子もありましたが、父に逆らえず何も言えません。結局、ユウトさんはまたリュックを背負って家を飛び出し、別の場所を探す。その繰り返しでした。
 

次第に帰る頻度は減り、やがて本当に行き場を失うようになっていきました。漫画喫茶やカラオケで一晩過ごすこともありましたが、学生のお小遣い程度の金額では長くは続きません。このとき財布に入っていたのは、わずか3,000円。それが彼のすべての所持金でした。
 

最初の数日は、コンビニでおにぎりやパンを買ってしのいでいました。しかし、3000円なんてすぐになくなってしまいます。お金が減っていくのが怖くて、次第に「今日は水だけでいいか」と、食事を抜いたりもしていました。

一番つらかったのは、学校でした。昼休みや放課後、友達が弁当やパンをほおばる姿を横目で見ながら、自分は「お腹が空いていないふり」をして過ごしていました。

もちろん、何も口にしないわけにはいかず、友達に「一口食べる?」と分けてもらったり、購買で安いパンを一つだけ買ったりすることもありました。けれど、満足に食べられない日々は続きました。

それでも、実家に戻るという選択肢だけはどうしても受け入れられませんでした。あの家に戻れば、再び父の怒声と暴力のある日常に逆戻りしてしまう。そう思うと、帰るくらいなら外で過ごしたほうがましだと感じたのです。
 

夜を過ごすのは公園のベンチ。眠ろうとしても体は冷え切り、空腹でお腹が痛む。どちらかというと、寒さよりも「食べられない」ことのほうが、ユウトさんにとってはつらいことでした。

「腹が減った…」

空っぽの胃を抱え、夜明けを待つしかない時間。
友達にこの状況を知られたくないというプライドもあり、誰にも相談できません。人に「助けて」と言えないまま、気力も体力も削られていきました。
 

そんな状況のなか、気づいたら「10代 家出 ご飯」と検索していました。
そこで、X(旧Twitter)でたまたま見かけたのが

「住まいや居場所に困っている若者を支援します」
「無料のごはんあります」

それは、NPO法人サンカクシャという若者支援をしている団体の投稿でした。

ユウトさんは、投稿を見ても最初は半信半疑でした。

「本当に大丈夫なのか…変な勧誘だったらどうしよう」

怪しさと不安が頭をよぎります。
それでも、何日もまともに食べていない体は限界に近づいていました。少なくとも「ご飯が食べられる場所」なら、行くだけでも価値がある――そう思い、思い切って DMを送ってみることにしました。

「今、少し困っています。食べるものもなく、泊まる場所もありません。」

しばらくすると、返信が届きました。

「ご連絡、ありがとうございます。一度お話を聞かせてもらえませんか?」

思ったよりすぐに返事が来たことに、ユウトさんは少し驚きながらも、同時にほっとした気持ちになりました。
そこからやり取りを続け、数日後、直接会うことになりました。

──空っぽだったお腹と心が、少しずつ満たされていく

約束の建物へ着いた時、胸はバクバク、怖さと不安が押し寄せます。

「変なところだったらどうしよう……」

心臓の鼓動が耳に響くようです。
思い切ってドアに手をかけ、そっと押すと、軋む音とともに温かい光が差し込み、かすかに人の声が聞こえました。

 
そこはサンカクシャが運営する「サンカクキチ」という場所でした。
ユウトさんと同い年くらいの若者がいて、テレビを見たり、ゲームをしたり、思い思いに過ごしていました。

入り口で迎えてくれたスタッフは、落ち着いた声でユウトさんに言いました。

「まずは少しお話をしましょうか。」

ユウトさんは、リュックを肩にかけたまま、椅子に座りました。スタッフは、いきなり距離を詰めることもなく、ただ静かに話を聞いてくれました。

「家を出た理由」「泊まるところがないこと」「食べ物がほとんどないこと」

ユウトさんは、これまでのことを伝えました。スタッフは頷きながら黙って聞いてくれます。その姿に、ユウトさんは少しずつ肩の力を抜くことができました。

心の奥にずっとあった緊張と不安が、少しずつほぐれていくような感覚です。
 

「今日はご飯があるけど、よかったら食べていきませんか?」

スタッフの言葉に、ユウトさんは思わず頷きました。数日ぶりに口にする温かい食事のことを考えると、胸の奥が熱くなるようでした。

この日のメニューはタコライスでした。
食欲をそそるスパイシーないい匂いが漂っている。 テーブルの上には、ほかほかと湯気の立つ白米の隣に、色とりどりの具材が並んだ大皿が置かれていた。 刻んだレタス、炒めたひき肉、真っ赤なサルサソース、そしてどこか懐かしいような、とろけるチーズ。
 

震える手でスプーンを持ち、ゆっくりと口に運びました。温かい…。ひき肉の旨味とスパイスの香り、サルサソースの酸味、そしてチーズのコク。その全てが、乾ききった体に、砂漠に降る雨のようにじわじわと染み渡っていく。
 

空っぽだった胃が、驚いたように小さくけいれんし、そして、温かいもので満たされる喜びに、ゆっくりと解けていくのがわかりました。数日前、暗い部屋で砂糖を舐めて飢えをしのいだ自分が、まるで遠い昔のことのようだった。 それは、単なる食事ではなかった。それは、「生きる」ために必要な、熱そのものだった
 

一口、また一口と、無心で食べ進める。 気づけば、お皿は空になっていた。 そして、その時初めて、自分がずっと息を止めていたことに気づいた。 深く息を吸い込むと、涙が、ひとすじ頬を伝った。しょっぱい味はしなかった。それは、生き返った体の、温かいサインでした。

初めて感じた、安心して過ごせる夜

ユウトさんはその日たまたま、サンカクキチが夜通し開放されている「ヨルキチ」の日だったことを知りました。
普段は夜まで開いていないサンカクキチですが、月に2回だけ、夜に行く場所がない若者のために解放される特別な夜です。
 

ユウトさんは、その夜、安心して過ごせる場所があることのありがたさを噛みしめました。椅子やソファに座り、温かい食事を終えると、周りの空気にまだ少し戸惑いながらも、置いてある漫画に手を伸ばしました。

スタッフや同世代の若者が交わす会話を耳にしながら、少しずつ緊張がほどけていき、「ここなら大丈夫かもしれない」と思える時間を過ごしました。
 

この日を境に、ユウトさんはサンカクキチに定期的に通うようになりました。
食事を取れる環境や居場所が少しずつできてきたことで、生活のリズムを取り戻していきます。

そのうち、一人で暮らせるシェルターがあるという話をスタッフに聞き、申し込みや手続きをしました。

これまで夜は公園のベンチやネットカフェで過ごしていたユウトさんにとって、自分だけの居場所が持てることは大きな安心でした。自分のペースで生活できる空間がありながら、何かあればスタッフが相談にも乗ってくれる。ユウトさんにとっては心強い環境でした。
 

生活の基盤が安定したことで、ユウトさんは少しずつ「この先どうしていこうか」と考える余裕を持てるようになりました。

自分の家が普通ではなかったこと、そしてそれがこれまでの不安定な生活につながっていたことにも、少しずつ気づくようになります。

今は、学校や将来のことも考えてみよう」と前向きな気持ちで少しずつ前に進み始めています。

サンカクシャの「居場所」が、人生を変える小さなきっかけに

サンカクシャは、親や家庭に頼れない15〜25歳の若者の「居場所・住まい・仕事」を支えるNPO法人です。
 

運営する「サンカクキチ」は、テレビやゲーム、漫画もある、のんびりできる場所。
無料の夕食がふるまわれたり、大人との交流もできる、若者のための安心できる拠点です。
 

※画像はイメージで、エピソードとは関係ありません。

「ここは空気があたたかい」
「つらい人や困っている人に手をさしのべられる大人になりたい」

と語るのは、別の支援を受ける若者。
 

若者たちの声に応えたい──。
サンカクシャのもとには、連日多くの相談が届いていますが、そのすべてに対応するには人手も資金も足りていません。
 

サンカクシャのように、若者の「居場所・住まい・仕事」を支える団体は全国に数えるほどしかなく、地域によってはそもそも相談先がないエリアもあります。
また、制度のはざまにいる10代・20代の若者たちに支援を届けるには、行政の枠組みだけではカバーしきれないケースが多く、NPOによる草の根の支援が不可欠です。
 

しかし、NPOの多くは限られた人員と資源の中で、現場対応に追われているのが現実です。
若者の声を社会に届け、支援が「特別なこと」ではなく「当たり前」になるような仕組みづくりが求められています。
 

そこでサンカクシャは、目の前の若者を支えるだけでなく、支援の仕組みそのものをより良い形に変えることにも力を注いでいます。

※こども家庭庁に「親を頼れず孤立する若者支援に関わる提言」を提出

豊島区・東京都の若者支援に関する協議会等への参画、他団体とのネットワーク連携、こども家庭庁への提言などを通じて、社会全体で孤立する若者を支えられる未来を目指しています。

若者たちが「困ったとき、頼れる場所がある」と感じられるように──
そして、支援者側にも「つながり」と「継続できる環境」があるように──
サンカクシャは、社会全体で若者を支えられる未来を見据えて活動しています。
 

住まいだけじゃない。サンカクシャが届ける“包括的支援”

サンカクシャが手を差し伸べているのは、「親や家庭に頼れず、社会からも孤立しがちな若者たち」です。
支援の現場では、虐待・ネグレクト・家庭からの断絶・貧困など、複雑な背景を抱えた10代・20代の若者が少なくありません。
 

はじめは「住む場所がない」「所持金がない」「連絡手段がない」といった“緊急支援”から始まるケースもあります。
でも、実はその背景には、「安心できる人間関係がない」「誰にも頼れない」という“孤立”の問題が潜んでいます。
 

サンカクシャでは、そうした若者一人ひとりの状況にあわせて、以下のような支援を提供しています。

  1. 住まいの支援

    緊急的に保護が必要な若者には、シェルター型の住まいを提供。安定した環境で休養をとり、生活を立て直す土台をつくります。

  2. 居場所の提供

    誰にも気をつかわず過ごせる、フリースペース「サンカクキチ」では、テレビやゲーム、漫画などもあり、無料の夕食も提供。スタッフや地域の大人との関わりを通じて、“人を信じる力”を取り戻していくきっかけになります。

  3. 就労・チャレンジのサポート

    「働きたいけど、ブランクがある」「まずはやってみたい」──そんな若者に対しては、カフェ運営や動画編集など、挑戦できる就労体験プログラム「サンカククエスト」を用意。自信やスキルを少しずつ育てていきます。

  4. 個別伴走支援

    一人ひとりの背景や想いに向き合いながら、生活再建・進学・就職・メンタル面のケアまで、スタッフが継続的に伴走。必要に応じて支援機関や制度とも連携し、制度のはざまに落ちないよう支えています。

 

サンカクシャの支援は、「困っている若者を保護する」ことだけが目的ではありません。
「困ったときに頼っていいと思える関係性」を育み、「また一歩踏み出してみよう」と思えるように支える、“包括的支援”を大切にしています。
 

30秒で終わる「サンカクシャ」の活動に関するアンケートに答えて、無料でできる支援に参加しよう!


親や家庭に頼れず、「今夜寝る場所がない」「頼れる人が誰もいない」──
そんな状況に置かれた10代・20代の若者たちが、今この瞬間も社会の片隅で孤立しています。
 

でも、ひとりの大人との出会いや、安心して眠れる住まい、温かい食事、気軽に立ち寄れる居場所があれば──
“生きててよかった”と思える未来は、きっとつくることができる。
 

NPO法人サンカクシャは、困難な状況にある若者たちに対し、住まい・居場所・仕事・個別伴走支援などを通じて、社会との“つながり”を取り戻すサポートを行っています。
 

そして今、そんなサンカクシャの活動を“あなたの30秒”で応援することができます。
それは、サンカクシャの活動に関する3問のアンケートに答えるだけ。
 

今なら、30秒で終わる3問のアンケートに答えていただくだけで、10円の支援金をサンカクシャさんに届けることができます
 
支援にかかる費用は、サポーター企業であるgooddo(※)が負担するため、あなたには一切費用はかからず個人情報なども必要ありません!

※gooddo株式会社は、株式会社セプテーニ・ホールディングス(東京証券取引所 スタンダード市場)のグループ会社

 

▼「サンカクシャ」代表理事 荒井 佑介さんから頂いたメッセージ

サンカクシャは、家が居場所ではなく、安心できる場がない、そして頼れる人がいない若者と向き合ってきました。
 
こうした若者を支える活動はありますが、自立だとか、支援の費用対効果だとか、そうしたことが求められ、比較的手間や時間がかからない人は救われるものの、回復に時間がかかる若者や、働く手前のサポートが必要な若者、関わりが難しい若者がこれまで支援から取りこぼされてきました。
 
サンカクシャはそうした若者にこそ手を差し伸べたいと思っています。
 
回復するのに時間がかかる若者にとことん向き合い、一緒に悩み、たくさん失敗して、なんとか生き抜いていけるようなサポートをしたいと思っています。1人が自立していくことは相当な時間とたくさんの人のサポートや葛藤が必要です。

 
ここまで読んで頂きありがとうございました。
 
「親に頼れず孤立してしまう若者に何か手を差し伸べたい」
「困難を抱える若者のために何かしたい!」
「若者を支える現場の声をしっかり国に届けてほしい!」
 
このように思われた方は、ぜひアンケートに回答して無料支援に参加してみませんか?
 
あなたのご支援が、苦しんでいる若者の未来を変える力となります。
 

 

※情報提供:NPO法人サンカクシャ
※本エピソードは複数の事例をもとに再構成しております。
※画像は本文エピソードに出てくる本人とは関係ありません。