拓也さん(仮名)にとって、実家は安心できる場所ではありませんでした。
いつも聞こえてくるのは、両親が怒鳴り合う大きな声。互いをののしる言葉が、日常のように飛び交っていました。
「…お父さんやお母さんのそばに寄っちゃいけない」
幼いながら、そう感じる自分がいました。
両親が直接手をあげることはなかったといいます。けれど、感情のぶつけ合いや怒鳴り声は、幼い心にとって暴力と変わらぬ恐怖でした。
家庭のなかに「逃げ場」はなく、息を潜めて過ごす日々。
大人に対する信頼も、自然と育ちませんでした。

※画像はイメージで、エピソードとは関係ありません。
頼れる大人がいないまま、社会へ
そんな家庭環境のなか、拓也さんにとっての避難所は学校でした。
小学校・中学校・高校と、家よりも「マシ」な場所として通い続けましたが、誰かに悩みを打ち明けたことは一度もありません。
先生や周囲の大人に対しても、「冷たい」「怖い」という先入観があり、人との距離感がつかめないまま育っていきました。
大人と会話をするだけでも、胸がぎゅっと緊張してしまう――。
そんな自分を理解してくれる人はいませんでした。
大学進学を機に実家を離れ、寮付きの企業に就職。
「これからは、自分の力でがんばろう」

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前向きな気持ちで社会に踏み出しましたが、大人とのコミュニケーションに対する苦手意識は変わっていませんでした。
同僚とも打ち解けられず、徐々に「腫れ物に触るような扱い」に。
「そんなこともできねぇのか!」
怒鳴られた言葉がトリガーになり、両親の怒声が頭をよぎるようになります。
ついに体調を崩し、就職2年目で退職を余儀なくされました。
着実に減っていく所持金。迫る限界
寮も出なければならなくなった拓也さんには、次に住む場所がありませんでした。
まだ2年目。引っ越しにかかるお金も、生活を立て直す余裕もありません。
「どうしたらいいんだ…」
焦りと不安ばかりが募るなか、体調は回復せず、誰にも相談できないまま、日中は公園、夜はネットカフェを転々とする日々へ。

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「あと数日で、お金が尽きる」
そんな恐怖が現実になろうとしていました。
そんな中、とにかく何か探さないと…とスマホで検索をしていたところ、偶然目にしたのが、NPO法人サンカクシャのSNS投稿でした。
「ここしかないかもしれない」
最後の望みをかけてLINEを送ったところ、すぐに返信が届きました。
「面談をさせてください」
──やり取りの数日後、スタッフとの面談が行われました。

「安心できる場所がある」──はじめての実感
拓也さんは、サンカクシャが運営する若者向けのシェアハウスへと案内されました。
安心できる住まい、追い出される心配のない環境。
ひとりぼっちではないことを、身をもって感じた瞬間でした。
「誰かが自分のために動いてくれる」
そんな経験は、拓也さんにとって初めてのことでした。
シェアハウスでの生活が少し落ち着いた頃、拓也さんはサンカクシャの「居場所づくりの拠点」──サンカクキチにも通うようになります。
テレビやゲーム、マンガが置かれ、夕食も無料で提供されるその場所には、強制も指導もありません。
ただ、なんとなく人がいて、ゆっくりできる「空気」があるだけ。
似たような境遇の若者や、大人たちと少しずつ関わる中で、
「大人にもいろんな人がいるんだ」
と感じられるようになっていきました。

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現在はひとり暮らしを始め、勉強に打ち込みながら、将来を見据えて歩んでいる拓也さん。
「サンカクキチに来た当初は、はじっこでスマホをいじってるだけだったんです。でも今は、自分から人に声をかけられるようになりました」
かつては人と関わることすら難しかった彼が、今では「自分も誰かの力になりたい」と語ります。
サンカクシャの「居場所」が、人生を変える小さなきっかけに
サンカクシャは、親や家庭に頼れない15〜25歳の若者の「居場所・住まい・仕事」を支えるNPO法人です。
運営する「サンカクキチ」は、テレビやゲーム、漫画もある、のんびりできる場所。
無料の夕食がふるまわれたり、大人との交流もできる、若者のための安心できる拠点です。

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「ここは空気があたたかい」
「つらい人や困っている人に手をさしのべられる大人になりたい」
と語るのは、別の支援を受ける若者。
虐待・貧困・自傷行為・闇バイト──
複合的な困難を抱える若者たちにとって、この「空気」は生きる希望そのものです。
支援の現場は、限界に近づいている
サンカクシャには、今この瞬間も多くの相談が届いています。
しかし、支援する側のキャパシティが足りていません。
現在、約30名のスタッフで運営していますが、2025年6月1日には新規相談の一時休止という苦渋の決断も下されました。
「誰にも頼れない」「今すぐにでも助けてほしい」──そんな声に、応えきれない現実。
それでも、拓也さんのように「生きててよかった」と言える若者を一人でも増やしたい。
その想いで、サンカクシャは活動を続けています。
※情報提供:NPO法人サンカクシャ
※本エピソードは、実際のエピソードをもとに再構成をしております