見過ごされるスーダンの危機──夫と子、どちらも愛する母が選んだ道とは

<PR>

「夫が亡くなってしまうのではないかという恐怖で頭がいっぱいでした」

そう語ったのは、スーダンで2人の子どもを育てるノウラさん(33歳)。

彼女には、生きるために何かを犠牲にせざるを得なかった、母としての苦悩がありました。
 

スーダンは北東アフリカに位置する国。

半世紀にわたる紛争の傷も癒えぬまま、2023年4月、政府軍と準軍事組織(RSF)の武力衝突が勃発。

それは「内戦」という一言では表せるものではなく、一般市民の日常を一瞬で変える惨劇でした。

AAR Japan[難民を助ける会]のスーダン事務所の現在の様子。武力衝突勃発後から職員は事務所に戻れていない

 

人口の半分以上、2,600万人以上が食料不足に直面し、400万人以上の子どもたちが急性栄養失調に陥るという危機的状況で、多くの方が困難に直面しています。

そのような混乱の中、ノウラさんは究極の選択を迫られた一人です。

夫の負傷、そして募る「死」への恐怖

ノウラさんの夫は政府軍の軍人でした。

首都ハルツームで暮らしていた一家にとって、2023年4月の準軍事組織(RSF)による攻撃は、まさに突然の悪夢でした。

夫の勤務する軍事施設が真っ先に標的となったのです。
 
「夫は武力衝突が起きてすぐに負傷しました。一命は取り留めたものの、長期入院をせざるを得ないほどの重傷でした」

突如として訪れた悲劇。大切な人が重傷を負い、先の見えない入院生活を強いられる。

ノウラさんの心は、どれほどの不安に苛まれたことでしょう。

この先、夫は生きて戻ってこれるのだろうか──「死」への恐怖が、彼女の心を常に締め付けていました。

夫の負傷、そして募る「死」への恐怖

夫の安否が気にかかる中、戦闘は日に日に激化し、ノウラさん家族が暮らす地域にも容赦なく広がっていきました。

空には爆撃音や軍用機の爆音が鳴り響き、幼い子どもたちはそのたびに恐怖に震えていたと言います。

ハルツーム国際空港付近から立ち上る黒煙

 

夫が重傷を負っている状況で、ノウラさんはただ一人、幼い子どもたちの命を守るという重責を背負っていました。
 

事態を絶望的にさせたのは、飢えでした。近隣のパン屋も食料品店も閉鎖され、食料の入手は不可能に。

「私たちは2日間何も食べず、水だけを飲んでいました」

食料が尽き、水だけで命をつなぐ日々。このままでは、子どもたちの命が危ない──。

母親としての責任感が、ノウラさんを突き動かしました。
 

幼い子どもたちが恐怖に震える姿を見るたび、ノウラさんの胸は張り裂けそうになります。
守るべき命が、目の前にある。

「入院している夫を残して逃げるのは、決して簡単な決断ではありませんでした」
 

その言葉の裏にある、身を引き裂かれるような葛藤を想像してください。

愛する夫を、戦火の中に一人置き去りにする。

それは妻として、あまりに難しい判断かもしれません。

しかし、目の前には飢えと恐怖で震える幼い命がある。

彼女は子どもたちとともに避難の道を歩み出しました。
 

「私たちは、とにかく戦地から少しでも離れようと、行くあてもないまま家を出て歩き始めました。子どもを連れて20キロほど歩いたところで、偶然、同じように避難しようとしている人たちと出会い、避難所までトラックの荷台に載せてもらうことができました」
 

幼い子どもたちの手を引き、20キロもの道のりを歩き続けたノウラさん。

その足取りは、絶望の中にもわずかな希望を見出して子どもを守り、生き抜こうとする強さそのものでした。

それでも、選んだ「子どもの安全」

運よくトラックの荷台に乗せてもらい、たどり着いた避難先。

しかし、それも束の間、またRSFの攻撃に晒されました。

必死の思いで逃げてきたのに。
夫を残してまで辿り着いたのに。

ノウラさんたちは再び避難を余儀なくされました。

「安全な場所など、この国にはもう存在しないのか」

そんな思いが、胸をよぎってもおかしくありません。
 

2023年末、ようやく辿り着いたのが、AAR Japan[難民を助ける会]が支援するスーダン東部カッサラ州の避難所でした。

AARは、紛争・災害あるいは障がいによって社会的に脆弱な立場に置かれた人々に支援を届ける日本で生まれた国際NGOです。

国内避難民キャンプに設置された最低限の資材で設けられた共用トイレ(AARが支援した地域とは異なります)

 

やっと見つけた安息の地で、彼女は過去を振り返ります。

ノウラさん(左)とAAR現地スタッフ(右)

 

「家と、そこに残してきた大切な物を思うと、とても悲しくなります。でも、それらを犠牲にしてでも、私は子どもの安全を選びました。食料も何もかも足りませんが、戦地で暮らすことに比べれば、今のほうがまだましなのです」
 

「まだまし」。

その言葉の重さが、彼女がくぐり抜けてきた困難を物語っています。

失われた日常、思い出が詰まった家。
夫の無事を祈る気持ち。
 

しかし、過酷な状況下で彼女は、子どもたちの安全を最優先するしかありませんでした。

その言葉には、母親としての計り知れない葛藤と、過酷な現実の中で見出したわずかな希望が込められているようでした。

一筋の光、日本の難民支援団体からの支援

AARは、ノウラさんのように生きるために避難を余儀なくされた人々の生活を支えるため、スーダンのカッサラ州で緊急支援を実施しました。
 

物資配付では、小麦粉やコメ、調理用油などの食料パッケージと生活必需品が、避難所で暮らす人々に届けられました。

AAR現地スタッフから支援物資を受け取ったノウラさんは、その瞬間、かすかな安堵の表情を見せてくれました。
 

今回AARからもらった食料はこれまでのどの支援よりも量が多く、しばらくは食料の心配をせずにすみます。本当に助かりました。小麦粉と砂糖は、様々な食品を作ることができるので、とてもありがたいです」

さらに、ノウラさんは自身の未来についても語ってくれました。

「戦前、私は家で裁縫師として働いていました。もしミシンがあれば、子どもたちを養えるのに…」

 
現在、スーダンの難民・国内避難民は現在1,000万人を超えています。

食料不足から急性栄養失調に陥ったり、持病の症状が悪化したりする人も少なくありません。

AARが支援する避難所では、障がい者や高齢者など、特に医療サービスを必要としている人々が多く、治療や薬の処方といった支援も求められています。

戦火で傷ついた心に寄り添う~見えないニーズへの支援~

ノウラさんが夫を置いて幼い子どもたちと避難したように、紛争は人々に大きな心理的負荷を与えます。
 

お腹が満たされても、心に刻まれた傷は消えません。

家族を置いてきた罪悪感、爆撃のフラッシュバック。

また、プライバシーのない避難所生活は、避難民たちにとって精神的な苦痛にもなり得ます。

ストレスから家庭内暴力が起きるケースも少なくありません。

ある国内避難民の一家が暮らしている家(AARが支援した地域とは異なります)

 

AARは、カッサラ州の避難民に対し、物資支援だけでなく「心のケア」も実施してきました。

これは、紛争や災害で精神的衝撃を受けた人々に対して行う「サイコロジカルファーストエイド(心理的に保護し、これ以上の心理的被害を防ぐ最初の心理的支援)」をベースとしたものです。
 

具体的には、以下のような活動を通じて、避難民の心の応急処置として、サポートしました。

保護と啓発活動:
避難地域では、残念ながら不適切な条件と引き換えに支援を提供する団体も存在します。

AARのスタッフは、「難民であるあなたたちにも選択肢があり、権利がある」と伝える啓発活動を行い、彼らが助けを求めるべき場所や、AARを含む各団体のサービスについて情報提供しました。
 

保護簡易的な心理カウンセリング:
20〜30人単位のセッションを通じて、精神的なストレスを抱える人々の話を聞き、研修を受けた現地スタッフが簡易的なカウンセリングを実施。

より専門的なサポートが必要な場合は、提携する他団体や専門機関に照会しています。

家庭内の問題対処に関するコミュニケーションの重要性も伝えました。

保護ストレス軽減策:
過酷な状況下での生活ストレスを和らげるため、セッション内で音楽を流し、皆で踊るなどのレクリエーションも取り入れています。
 

物資支援だけでなく「心のケア」にも力を入れる。

誰にも言えない苦しみを吐き出せる場所を作る。

それが、明日を生きるための力になるからです。
 

今後は、避難民が直面する別の大きな危険にも目を向けていきます。

紛争により無数の地雷や爆発物が投下・埋設され、各地に地雷や不発弾が残されており、日常生活に潜む大きな脅威となっています。

子どもたちが無邪気に遊ぶ場所が、一瞬にして命を奪う危険地帯となることも少なくありません。

AARは、こうした悲劇を未然に防ぐため、今後、地雷などの爆発物回避教育にも取り組んでいく方針です。

見過ごされるスーダンの危機:家族の未来を守るAAR Japan

AARは、国連に公認・登録された「日本生まれの国際NGO」です。

1979年に発足して以来、これまで65以上の国や地域で支援してきました。

「緊急支援」および「長期的な復旧・復興支援」の両面で、特に、紛争・災害あるいは障がいによって社会的に脆弱な立場に置かれた人々に支援を届けています。
 

深刻な状況が続くスーダンでは、国民のほぼ全員が支援を必要としているにもかかわらず、その人道危機は国際社会から十分な注目を集めているとは言えません。

戦火の中でも、人々が命をつなぎ、未来への希望を見失うことのないように。

AARは現地スタッフと協力して、支援を必要とする人々の声に耳を傾け、きめ細やかなサポートを届け続けています。
 

スーダンの人々は、「日本は外交的にも地理的にも遠い国なのに、こうやって支援を届けてくれて本当にありがとう」と、感謝の言葉を贈ってくれます。

ノウラさんのような人々が、いつか心からの安らぎを取り戻し、家族と共に新たな未来を築ける日が来るまで、AARのスーダンにおける支援は終わりません。

30秒で終わる「AAR Japan」の活動に関するアンケートに答えて、無料でできる支援に参加しよう!

スーダンと同様、「家族や自分の命を守るためには、難民になるしかなかった」そんな方が、世界には大勢います。
 

自分の意志ではなく故郷から離れて暮らさなければならない人々が、ひとりでも多く、1日でも早く安心して暮らせるよう、将来に希望をもって生きていけるよう様々な支援をしている特定非営利活動法人 難民を助ける会(AAR Japan)さん。
 

このような活動を応援することが、あなたにもすぐにできます。

今なら、30秒で終わる3問のアンケートに答えていただくだけで、10円の支援金をAAR Japanさんに届けることができます。

支援にかかる費用は、サポーター企業であるgooddo(※)が負担するため、あなたには一切費用はかからず個人情報なども必要ありません!

※gooddo株式会社は、株式会社セプテーニ・ホールディングス(東京証券取引所JASDAQ市場上場)のグループ会社

 

▼「AAR Japan[難民を助ける会]」事務局長古川さんから頂いたメッセージ

「目の前に困難に直面している人がいる。手を差し伸べるのに理由はいらない」。そんな信念を持って活動を続けてきました。心身ともに深い傷を負った方々が、新しい人生に向かって歩み始めるまで、これからも支えていきます。

皆さんのアンケートへの回答が、難民たちの未来につながります。
質問はたったの3問です。

ぜひアンケートにご協力いただき、無料支援に参加していただけると嬉しいです!

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

「家族を戦地において逃げなければいけない現実は、あまりにも辛すぎると感じた」
 
「自分も、難民として暮らす人々の力になりたい」
 
「難民キャンプや難民居住地で暮らす人々が少しでも安心できるよう応援したい」
 
ぜひ、難民として暮らす人々のために、あなたのお時間を少し頂けませんか?

※情報提供:※情報提供:特定非営利活動法人 難民を助ける会(AAR Japan)