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「私は年寄りですが、自分の住んでいる地域で戦闘を見るのは初めてです」
そう話すのは、足に障がいを抱えるインシラさん(65歳)。
スーダンの首都ハルツームで暮らしていた彼女の日常は、突然の紛争で全てを奪われました。
2023年4月、北東アフリカに位置するスーダンで、政府軍と準軍事組織の武力衝突が勃発しました。
それは「紛争」という一言では表せない、一般市民の日常を一瞬で変える出来事でした。
もしも、今日食べるものにすら困り、安全な場所を求めてさまようことになったら?
インシラさんは、突然そのような状況に追い込まれてしまったのです。

AAR Japan[難民を助ける会]のスーダン事務所の現在の様子。武力衝突勃発後から職員は事務所に戻れていない
ある日突然、住み慣れた街が戦場に──
紛争が始まった時、インシラさんはハルツームにいました。
「ハルツームの近くで戦闘がある」というニュースは聞いていましたが、まさか、自分の家がある首都ハルツームの中で、武力衝突が起きるなんて。
そんなことは、夢にも思いませんでした。

ハルツーム国際空港付近から立ち上る黒煙
爆音と銃声が鳴り響く日々。
「銃弾が飛んでいるのは知っていましたが、いつ止まるか誰にもわかりません。家族みんな、恐怖に震えていました」。
特に辛かったのは、隣人の死。
「隣人が亡くなったあと、遺体が路上で腐乱するまでの一週間、誰も彼を埋葬してあげられませんでした」。
目の前で見た想像を絶する光景。
「あんな恐ろしい経験をして、私たちがまだ生きているのが信じられないほどです」。
逃げたくても、逃げられない──命がけの避難
戦闘は激しくなる一方。
インシラさんは、避難を余儀なくされました。
最初は「きっと戦闘は止まるだろう」と信じ、ハルツーム郊外へ。
その時の心境について、インシラさんはこう話してくれました。
「良い思い出なんて何の意味もありませんでした。考えていたのは、今この瞬間を生き延び、無事に脱出することだけでした」。
安全な場所に着いた後、ようやく彼女の心に、かつての穏やかな日々や美しい思い出がよみがえったと言います。
そして、子どもたちがいつか故郷の家に戻れるように、と強く願う気持ちにつながっていったそうです。
しかし、その淡い希望はすぐに打ち砕かれます。
戦闘はさらに激しくなり、ジャジーラ州へ向かわざるを得なくなりました。

この度重なる避難は、65歳という高齢で、さらに身体に障がいもあるインシラさんにとって、想像を絶する「二重の困難」だったのです。
「私は身体障がい者で動くこともできないので、快適な交通手段なんてありません。他の人たちがなんとか歩いて避難する中、私たち家族はロバに引かせた荷車でやっと輸送ステーションまで行き、そこからジャジーラ州に向かいました」。
健常者でさえ、いつ銃声が鳴り響くか分からない中を逃げ惑うことは、計り知れない恐怖と絶望を伴います。
もし、あなたが、自由に自分の足で動くことも、素早く身を隠すこともできないとしたら、戦火の中でどれほど恐怖や、無力感に苛まれるでしょうか。
インシラさんは、そんな極限の状況の中で、身体の限界と闘いながら、必死で前へ進みました。
しかし、ジャジーラ州にたどり着いたのも束の間、なんとそこにも戦火が迫ります。
インシラさんは再び避難を強いられました。
高齢と障がいの「二重苦」──避難所の過酷な環境が身体を襲う
二度の避難の末、インシラさんがたどり着いたのは、カッサラ州の避難所でした。
ようやく戦火から逃れられる場所を見つけたものの、過酷な生活が続いています。
インシラさんがいたのは傘の下で、屋根はおろか壁もないスペースでした。
「ご覧の通り、私は傘の下にいます。それでも雨や砂ぼこりから身を守ることはできません」
到着が遅れたため、部屋はすべて埋まっていました。
他の避難者が貸してくれたベッドの上で過ごすことはできていますが、身体を動かすことが難しいインシラさんにとって、非常に厳しい環境です。
「マットレスのないベッドで寝続けたせいで、身体に床ずれができてしまいました。医療用のマットレスがほしいです」

インシラさんと同様、屋外で過ごす避難民の様子。
健常者でさえ、過酷な避難所生活は心身を蝕みます。
インシラさんのように障がいのある人々は、その何倍もの苦しみと直面しているのです。
スーダン国内には、障がいのある人々が集まる避難所もあります。
ですが、障がいに配慮された場所は限られており、例えば、床がでこぼこのレンガで、窓も板を打ち付けただけの簡素な造りの小学校が避難所として使われているケースもあります。
避難した人々は、床に布を敷いたり、ベンチを並べてベッド代わりにして寝ています。
ベッドやマットレス、蚊帳、粉ミルク、食料といった基本的なものさえ不足している状況です。

ただでさえ厳しい生活環境の紛争下で、障がいのある人々、そしてその家族にとっての困難は計り知れないものです。
インシラさんは、避難所に暮らす人々が何を必要としているのかをこう語ります。
「手足を失った人々には義肢、経済的支援などが挙げられますが、避難民のほとんどは心理的なサポートを必要としています」
そして最も切実なニーズは、やはり食料です。
絶望の淵に差した光──日本からの「温かい」支援が届いた日
そんな厳しい状況の中、インシラさんが暮らす避難所に、AAR Japan[難民を助ける会]による物資支援が届けられました。
インシラさんの避難所に食料援助が届いたのは数ヵ月ぶりでした。
この支援はまさに希望の光でした。
小麦粉やコメ、調理用油などの食料パッケージと生活必需品が届けられました。

AARのスーダン紛争緊急支援での物資配付の様子
「私は本当に幸せを感じます」
インシラさんは、特に印象的だったある女性の話をしてくれました。
「彼女は避難所の近くの家で働いて何とか用意したわずかな食料を子どもたちに少しずつ食べさせていましたが、自分は栄養失調で病院に運ばれてしまいました。でも、AARさんの支援が届いた日、彼女は働きに出かけずに子どもたちのために楽しそうに料理をしていました。提供された食料の量も質も、本当に良かったんですよ」。
この支援は、インシラさんの生活にも確かな変化をもたらしました。
これまでの食事は、豆を少量口にするだけでしたが、支援があった後は多様な食材を十分に摂取できるようになりました。
「食料の心配をしなくて済むのは、本当に助かります。そして、何より食べたいものを選べる自由ができて、本当に嬉しいんです」。

この物資配布は単なる国際協力ではありません。
それは、日本から「スーダンの方々を忘れていない」と伝えるメッセージでもありました。
見過ごされるスーダンの危機:未来を守るAAR Japan
AAR Japanは、紛争や災害、あるいは障がいによって困難な立場にある人々を支援する、日本生まれの国際NGOです。
国連に公認・登録され、1979年の発足以来、これまで65以上の国や地域で活動を続けてきました。

ケニアで食料を配付するAARスタッフ
深刻な状況が続くスーダンでは、国民のほぼ全員が支援を必要としているにもかかわらず、その人道危機は国際社会から十分な注目を集めているとは言えません。
AAR Japanは、戦火の中で命をつなぎ、未来への希望を見失わないよう、現地スタッフと協力し、支援を必要とする人々の声に耳を傾け、きめ細やかなサポートを届け続けています。
食料などを受け取ったスーダンの人々は、遠い日本からの支援に深く感謝しています。
「日本は外交的にも地理的にも遠い国なのに、こうやって支援を届けてくれて本当にありがとう」
インシラさんも、AAR Japanの現地スタッフを通じてこう話してくれました。
「私に代わって日本国民の皆さんに心から感謝していると伝えてください」。
彼女のような人々が、いつか心からの安らぎを取り戻し、家族と共に新たな未来を築ける日が来るまで、AARのスーダンにおける支援は終わりません。
30秒で終わる「AAR Japan」の活動に関するアンケートに答えて、無料でできる支援に参加しよう!

スーダンと同様、「家族や自分の命を守るためには、難民になるしかなかった」そんな人々が、世界には大勢います。
自分の意志ではなく故郷から離れて暮らさなければならない人々が、ひとりでも多く、1日でも早く安心して暮らせるよう、将来に希望をもって生きていけるよう様々な支援をしている特定非営利活動法人 難民を助ける会(AAR Japan)さん。
このような活動を応援することが、あなたにもすぐにできます。
それは、AAR Japanの活動に関する3問のアンケートに回答するだけ。
今なら、30秒で終わる3問のアンケートに答えていただくだけで、10円の支援金をAAR Japanさんに届けることができます。
支援にかかる費用は、サポーター企業であるgooddo(※)が負担するため、あなたには一切費用はかからず個人情報なども必要ありません!
※gooddo株式会社は、株式会社セプテーニ・ホールディングス(東京証券取引所JASDAQ市場上場)のグループ会社

「目の前に困難に直面している人がいる。手を差し伸べるのに理由はいらない」。そんな信念を持って活動を続けてきました。
心身ともに深い傷を負った方々が、新しい人生に向かって歩み始めるまで、これからも支えていきます。
皆さんのアンケートへの回答が、難民たちの未来につながります。
質問はたったの3問です。
ぜひアンケートにご協力いただき、無料支援に参加していただけると嬉しいです!
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
「家族を戦地において逃げなければいけない現実は、あまりにも辛すぎると感じた」
「自分も、難民として暮らす人々の力になりたい」
「難民キャンプや難民居住地で暮らす人々が少しでも安心できるよう応援したい」
ぜひ、難民として暮らす人々のために、あなたのお時間を少し頂けませんか?