「僕に、選択肢なんてない」妹を思う14歳がはじめて「自分のしたい」を見つけた日

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朝6時半。あたりがまだ、しんと静まっている中、ふたつの影がアパートから出てきました。
中学2年生の直輝くん(仮名)は、知的障害のある小学3年生の妹の手をひいて、特別支援学校のバス停へと歩いています。

バスに乗っている支援員さんから「直輝くん、毎日こんなに早くて…大丈夫?」と聞かれても、「別に。いつものことなんで…慣れてるんで」そう言って、直輝くんはいつも涼しい顔をしています。

家族だから
お兄ちゃんだから
自分さえ頑張れば

14歳らしい甘えや不満を見せない直輝くんの横顔を、支援員さんは心配そうに見つめるしかありませんでした。

家にある調理器具は、電子レンジひとつ

※画像はイメージです

直輝くんは、お母さんと妹の三人で、古いアパートに暮らしています。

お母さんは、料理がとても苦手でした。食卓に並ぶのは、買ってきたおにぎりやお惣菜、菓子パン、レトルト食品。それらを温めるのは、家にたったひとつだけある調理器具、電子レンジです。

お母さんはパートでフルタイムで働いていますが、心と体の調子に波があり、仕事を休みがちでした。入ってくるお金は、月によってばらつきます。お金の管理も得意ではなく、貯金は一切ありません。

直輝くんが小学6年生の春のことです。

「秋の修学旅行で、夏頃に二万円を集金します」そんなお知らせが配られました。

案内から徴収まで、数ヶ月ありましたが、その二万円を用意することが、どうしてもできませんでした。
就学援助を使えば負担は軽くできたはずでした。けれど、その申請も、書類をそろえる手続きも、お母さんにはどうしても難しかったのです。

「妹のことも心配だし、修学旅行とか、別に興味ないし。行かなくていいよ」

直輝くんは、お母さんにも、担任の先生にもそう言いました。 その言葉が、どこまで本心だったのか…誰にもわかりません。

学校では、友だちがゲームの話で盛り上がっていても、一度も持ったことがないためその輪に入っていけません。自分の家のことを思うと、つい遠慮してしまう。深く付き合える友だちは、いませんでした。

それは、中学に上がってからも、変わりませんでした。

「妹を守る」ことが当たり前の日々

※画像はイメージです

直輝くんの妹の知的障害は、「中度」と判定されています。

たとえば、話せる言葉は短く、同じ質問を何度も何度も繰り返します。昨日と今日で予定が少し変わっただけで、不安になってパニックを起こすこともあります。ひとりにしておくと、何をするかわからない。

身のまわりのことも、半分は自分でできて、半分は誰かの手が要る。妹は、そんな状態でした。

そのため、妹は特別支援学校に通っています。送迎バスはありますが、直輝くんの地区は、コースの中でも早い停留所です。心身に波を抱えるお母さんには、その時間の送り出しが簡単ではありませんでした。だから、妹を送るのも迎えるのも、いつのまにか直輝くんの役目になっていったのです。

妹に、たたかれることもあります。せっかく作ったものを、壊されることも。

でも、「やめて」と言っても、妹には、それが”嫌なこと”だと、うまく伝わりません。その理不尽さを、直輝くんはひとりで飲み込みます。 弱音は、こぼしません。だれにも。

妹を守ることが直輝くんに取っては当たり前の日常だったのです。

「自分しかいない」が進学を拒む理由

※画像はイメージです

中学二年生になって、まもなく。

直輝くんの家庭のことや、普段の様子を、ずっと気にかけていた担任の先生がいました。先生は、スクールカウンセラーと相談し、直輝くんと三人で、ゆっくり話せる場を設けました。

そこで、将来の話になりました。

「進学は、しません」
「将来の夢は、特にないです」
「家族を支えるのは、自分しかいないんで」

お母さんが仕事を続けるのには、いつか限界がくる。自分が働けば、少しでも家計は楽になる。直輝くんは、淡々と、そう話しました。

「どんな仕事がしたい?」と聞かれても、返ってきたのは――

「……わからない。なんでもいいです」

その言葉に、先生は胸が締め付けられました。このままでいいはずがない。でも、学校だけで抱えきれることではない。

そう感じた先生の頭に浮かんだのが、ある場所のことでした。

認定NPO法人Learning for All(以下LFA)。

困難な状況にある子どもたちに、安心して過ごせる居場所と、温かいごはん、そして学習のサポートを届けている団体です。

中心にあるのは自分ではなく家族

※画像はイメージです

LFAのスタッフは、直輝くんに、いきなり「将来」や「夢」の話をしませんでした。

自分のことを、すすんで話す子ではありません。だからスタッフは、急かさず、問いつめず、ただ隣で一緒にごはんを食べ、何気ない「今」の会話を重ねていきました。

すると、直輝くんのことが、少しずつ見えてきました。
たとえば、みんなで一緒に調理をした、ある日のこと。ふとした会話から、スタッフははじめて知りました。直輝くんの家には、コンロもエアコンもないこと。暑い夏は、近くの図書館やスーパーで涼んでいたこと。

直輝くん自身は、自分の家が”普通ではない”ことを、わかっていました。それでも、お金がないのだから仕方ない――そう自分に言い聞かせるように、受け入れていたのです。だから、不満を言うでも、助けを求めるでもなく、ただ「そういうもの」として、生きてきたのです。

彼の心が、どこを向いているのかも、小さな出来事から見えてきました。
通いはじめて、初めての七夕。短冊に、直輝くんが書いたのは、自分の願いではありませんでした。

「妹が、幸せに生きられますように」

いつだって、直輝くんの真ん中にいるのは、自分ではなく家族。なかでも妹のことをいつも気にかけていて、そうして誰かを支えることで、かろうじて自分を保っているようにも見えました。

「僕に、選択肢なんてないですよ」

通いはじめて、半年ほど経った頃。ある日スタッフが、直輝くんに、こんな話をしました。

「未来には、いろんな道があるよ。高校も、専門学校もある。奨学金っていう仕組みもある。たとえ中学を出てすぐ働くとしても、いろいろ選択肢があるんだよ」と。

直輝くんは、静かに答えました。

「僕に、選択肢なんてないですよ」

自虐でも、ひがみでも、ありません。 ただ、まぎれもない事実として、本当に、そう思っているように。

これまで、「自分」のことを考える時間なんて、彼にはありませんでした。

むずかしい環境で生きる子どもは、往々にして、早く大人になろうとします。直輝くんも、そうでした。友だちと深く関わることもないまま、狭い世界で生きてきた彼は、そもそも「選択肢がある」ということ自体を、知らなかったのかもしれません。

「自分」を一緒に探す旅の伴走者

※画像はイメージです

LFAでは、「こうしなさい」と、道を押しつけることはしません。

ただ、選択肢があることを知ってもらうために、さりげなく、いろいろな体験の機会をつくります。職業体験。高校見学の案内。

そして何よりLFAには、直輝くんのように困難な環境で生きてきた子どもたちがいました。

自分だけじゃない。 自分と同じような子が、こんな未来を選ぼうとしている。

それを知ることが、「もしかしたら、僕にも選択肢があるのかもしれない」という、小さな光につながっていきました。

とは言え、急激な変化は訪れません。直輝くんは少しずつ、「自分」を考える時間を、増やしていきます。

そしてある日、彼は、こう言ったのです。

「働いて家族を支えたい、っていう気持ちは、変わってないです。自分しかいないし、自分にしかできないから」
「でも……ちゃんと稼いでいくためにも、高校に行くのも、ありかもしれない」
「今からでも、がんばれる高校って、ないですかね?」

スタッフは、直輝くんのその思いに大きくうなずきました。一緒に学習計画を立て、高校の資料を取り寄せ、お母さんへのサポートや、これまで届かなかった行政の支援にもつなぎながら、直輝くんが自ら歩もうとしている道のりに、そっと伴走しています。

進学なんて考えたこともなく、勉強もしてこなかった直輝くん。それでも今は、初めて自分から「したい」と願った未来のために、懸命に、机に向かっています。

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▼「Learning for All 」コミュニティ推進事業部事業部長 石神さんから頂いたメッセージ


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認定NPO法人 Learning for All 様の収支報告はこちら:
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※記事の中に出てくる子どもの事例は、プライバシーの保護の観点から事実をもとに再構成しております
※情報提供:NPO法人Learning for All