学校でも家でもない居場所が、二人の世界を変えていった

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「どうして、学校に行けないの?」

そう聞かれても、アラタさん(仮名)はただ下を向くことしかできませんでした。

うまく、答えられなかったのです。自分の中で起きていることを、どう言葉にすればいいのか…自分でも、よく分からなかったから。

でもそれは、決して「がんばっていない」からではありません。

たとえ言葉にしたところで、きっと分かってもらえない。

そんな諦めが、いつからか心に住みついていました。

がんばっていないわけじゃない、伝わらない毎日

※画像はイメージです

アラタさんは、小さいころから、まわりの子とは少し違う感じ方をする子でした。

教室にいるだけで、いろんな音や声が、一度に押し寄せてくる。

みんなが当たり前のようにできていることが、アラタさんにはどうしてもうまくできません。そのたびに、「ちゃんとしなさい」「どうしてできないの」と、大人たちから言葉が飛んできます。

検査を受けても「もう少し様子を見ましょう」という言葉だけ。はっきりとした診断がつくわけでも、特別な支援につながるわけでもありませんでした。

ただ、「育てにくい子」というまなざしだけが、親子に向けられ続けます。

学校でも、家でも、怒られてばかり。本当は、毎日せいいっぱいだったのに。

「みんなに合わせられない自分は、どこにいてもダメなんだ」 そう感じるようになったアラタさんは、やがて学校という場所を、強く拒むようになっていきました。

「このままでは、家族が壊れてしまう」

※画像はイメージです

つらいのは、アラタさんだけではありませんでした。

共働きの両親にとって、子どもが学校に行けない毎日は、想像以上に過酷でした。

二人とも有給休暇はとうに使い果たし、これ以上仕事は休めない。アラタさんは、日中をひとりきりで、家で過ごすしかありませんでした。

いっそ、どちらかが仕事を辞めて、そばにいてあげられたら。そんな思いもよぎりましたが、暮らしや学費を考えると、仕事をやめる決断はできません。

職場で事情を打ち明けても、「引きずってでも連れて行った方がいいんじゃない?」「甘やかしすぎ」と、心ない言葉が返ってくることさえありました。

毎日のことだから、いつもやさしくいられるわけではありません。アラタさんのことで夫婦喧嘩になってしまう日々。心配でたまらないのに、いざ家で顔を合わせると、どう接していいか分からず、息が詰まってしまう。

「わたしの育て方が、間違っていたのだろうか…」

眠れない夜、お母さんは何度も自分を責めました。このままでは、家族みんなが壊れてしまう。出口の見えない不安だけが、日に日に膨らんでいきます。

それでも、お母さんはあきらめませんでした。

はじめは何とか学校へ行かせようと、スクールカウンセラーにも相談しました。けれど、無理に背中を押すほど、アラタさんの表情はかたくなっていくばかり。

「学校に行かせることだけが、すべてじゃないのかもしれない」

学校に戻れなくても、この子が安心していられる場所が、きっとどこかにあるはず。そう信じて、お母さんは自治体の窓口にも、定期的に足を運びました。

そんなとき、ようやく出会えたのが、認定NPO法人カタリバが運営する「このまちテラス」でした。アラタさんが、中学1年生になったころのことです。

学校に通うことが難しい子どもたちが、自分のペースで過ごせるサードプレイス(家でも学校でもない、第三の居場所)です。

当初は行くのを嫌がっていたアラタさんですが、「来られない日があっても大丈夫。それがここでの“普通”だよ」という姿勢に、張りつめていた糸が少しずつほどけていきます。やがて、テラスに通う日も増えていきました。

同い年の「あの子」との出会い

※画像はイメージです

アラタさんが中学3年生になった、4月のこと。 「このまちテラス」に、同い年のタクトさん(仮名)がやってきました。

「このまちテラス」に集まってくるのは、アラタさんと同じように、学校の中に居場所を見つけられなかった子どもたち。

似た痛みを知る二人が、わかり合うのに、長い時間はいりませんでした。

かみ合っているのか、いないのか分からないような会話。それでも、なぜだかいつも楽しそう。叱られることも、急かされることもなく、ただありのままでいられる。タクトさんは、アラタさんにとって、生まれて初めてできた「自分のペースで付き合える友達」でした。

それは偶然ではなく、似たもの同士が安心して集える”居場所”だからこそ、生まれた出会いでした。

やがて二人は、ある目標を口にするようになります。

スタッフが「二人に合いそうだよ」と見つけてくれた、少人数で、一人ひとりのペースを大切にしてくれる高校へ、一緒に進むこと。

「あの学校でなら、自分たちもやり直せるかもしれない」
きっかけはスタッフの一言でも、行きたいと願ったのは二人自身。初めて、自分から手を伸ばしたいと思えた目標でした。

一人ひとりに寄り添い”続けた”先に

※画像はイメージです

もちろん、すべてが順調だったわけではありません。 二人の特性ゆえに、周りとすれ違ってしまうことも、たびたびありました。

衝動的なタクトさんが家族とぶつかったときも、スタッフは頭ごなしに叱らず、「どうすれば、家族が安心できるか」を一緒に考えました。一人ひとりに合わせて、根気よく寄り添う。それが「このまちテラス」のやり方でした。

その姿勢は、アラタさんへの関わりにも変わりません。

中学3年生になると、進路の準備で、どうしても担任の先生と向き合う場面が増えていきます。けれど、かつての怒られてばかりの日々を思い出してしまうため先生自体を苦手としてきたアラタさんにとっては、大きなハードル。先生は親身になって話してくれていましたが、面談の場でも、ただ黙り込んでしまうばかりでした。

スタッフはアラタさんと先生のあいだに入り、面談の内容を前もって聞き取りを行いました。事前に「何を聞かれそうか」「どう答えたいか」を一緒に紙に書き出し、当日の流れも伝えておく。先生のアラタさんを心配する気持ちも伝えながら。

こうした準備を、何度も繰り返しました。

「あの高校へ行きたい」という目標があるからこそ、アラタさんは少しずつ、苦手なことにも向き合えるようになっていきます。学校へ向かうことも、強いられるものから、目標に近づく一歩へと、意味を変えていきました。

すぐに結果が出るわけではありません。それでもスタッフは急かさず、見放さず、ほんの小さな一歩を、ていねいに積み重ねていきました。

やがて中学3年生の2学期の半ば。アラタさんは、数回ではありますが、自分から学校へ足を運ぶようになりました。

「行かなきゃ」ではなく、「行ってみようかな」。
その小さな一歩は、確かにアラタさん自身の意思でした。

「このまちテラス」のスタッフが、ずっと大切にしていたこと。それは、「できないこと」だけでその子を判断せず、その子に合った関わり方を、あきらめずに探し続けることでした。

自分のペースで進んだ、その先に

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そして迎えた、受験の日。 二人は揃って、志望していた高校に合格しました。

もちろん、高校生活も、最初から順調だったわけではありません。新しい環境に戸惑い、立ち止まる日もありました。それでもアラタさんは、もう一人ではありません。自分で選んだ目標と、ありのままを受けとめてもらえた経験が、その背中を支えていました。

今も、アラタさんはときどき「このまちテラス」に顔を出します。スタッフは、進路の相談に乗ったり、ただ近況に耳を傾けたり。派手ではないけれど、その伴走は、今もそっと続いています。

高校2年生になったアラタさんは、軽音部の部長になりました。アラタさんに誘われたタクトさんも軽音部に入り、二人は同じバンドで音楽を楽しんでいます。

かつて、学校でも家でも、居場所を見つけられなかった二人。
自分のペースでいられる場所と、ありのままを受け止めてくれる人がいれば、子どもは、自分の力で、ちゃんと前へ進んでいけるのかもしれません。

当時を振り返って、アラタさんのお母さんはこう話します。

「あの頃は、ずっと霧の中にいるようで…。息子をサポートしてもらっていましたが、親の私の相談にも親身に答えてくださって、本当に気持ちが救われました。あの時出会えてなかったら、今ごろ家族はバラバラになっていたかもしれません。」

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不登校について相談できる窓口は、少しずつ増えています。けれどその多くは「もう一度、学校へ」が出発点。本当に足りないのは、登校を急かさず、その子のペースをまるごと受けとめてくれる場所なのかもしれません。

信頼できる大人や友達と出会える場所があってこそ、子どもたちの未来は変わっていきます。

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支援にかかる費用は、サポーター企業であるgooddo(※)が負担するため、あなたに費用は一切かかりません。個人情報の入力も必要ありません。 ※gooddo株式会社は、株式会社セプテーニ・ホールディングス(東京証券取引所 スタンダード市場)のグループ会社です。

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「子どもの貧困率」とは相対的貧困率のことであり、一定基準を下回る所得の家庭で育つ子どもの割合のことを指します。
情報提供:認定NPO法人カタリバ
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